侵害検討の流れ
特許侵害が疑われる製品やサービスが発見された場合、以下のような流れで検討します。
(2)特許請求の範囲の分説
(5)均等侵害の検討
その1 第1要件
(6)無効理由の存否の検討
今回は、「(4)文言侵害の検討(クレーム解釈、対比)」について説明します。
文言侵害の検討
特許権の侵害とは、特許権者に無断で、業として特許発明を実施することを意味します。
そして、特許権の効力が及ぶ範囲は、「特許発明の技術的範囲」であり、これは「特許請求の範囲」(クレーム)に基づいて定められます。
したがって、特許権が侵害しているかどうかは、原則として、クレームに記載された文言に、被疑侵害製品の構成がすべて該当しているかどうかで判断されることになります。
被疑侵害製品が、クレームの文言をすべて満たしていれば、原則として特許権を侵害しているものと評価できます。このような、被疑侵害製品がクレームの文言を全て充たしているような侵害態様は「文言侵害」といわれています。
クレーム解釈
クレームは文章で記述されますが、発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの(特許法2条1項)」なので、それを簡潔な文章で完全に表現することは困難です。また、新規なものを表現するには、学術用語ではない造語を用いることもありえます。そこで、クレームに記載された文言が、どのような意味を有するものかの解釈をする作業が必要になります。このような作業は「クレーム解釈」と呼ばれ、特許権の侵害判断にはとても重要な作業となります。
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具体例をみてみましょう。前回、「衣服の汚れ防止シート」の特許発明についてクレームチャートをつくって、各構成要件と被疑侵害製品の構成を比較しました。以下に構成要件A-1を抜粋します。
本件発明1 | 相手方製品 | 充足(理由)※ | |
A-1 | 不織布シートに15~200個/cm2という多数の微小孔を形成してメッシュ状に成形すると共に、 | 不織布シートは、概ね16~20個の約1.2mmの孔があり、メッシュ状に成型されている。 | 〇~△ 1.2mmの孔は「微小孔」といえるか? |
※〇は充足、△は検討の余地あり、×は非充足を表す。
本件発明1の構成要件A-1には、「微小孔」という文言があります。しかしここでいう「微小」とはどの程度の大きさをいうのでしょうか。0.1mmか、1mmか、あるいは5mmでもOKか?相手方製品は1.2mmの孔を有しており、クレームの「微小」のサイズが0.1mm程度なら充足しない可能性もありますし、5mm程度なら充足する可能性が高まります。
そこで、次に説明するような資料等を用いて、構成要件A-1の「微小」の意味を解釈します。これが「クレーム解釈」といわれるものです。
クレーム解釈の資料
クレーム解釈するにあたり、主に以下の資料が用いられます。
1.クレームの記載
先ほど説明したとおり、特許権の効力が及ぶ範囲は、「特許発明の技術的範囲」であり、これは「特許請求の範囲」(クレーム)に基づいて定められるものですから、まずはクレームの記載全体から解釈できる場合にはクレームの記載のみに基づいて解釈します。
クレームの文言はできるだけ素直に解釈すべきであるとされ 、用語の意味については、広辞苑などの国語辞典や、当該技術分野の辞典等がよく用いられます。
2.明細書の記載
特許法70条2項は、特許発明の技術的範囲を定める場合において、「願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と定めています。
したがって、クレームの文言が一義的に解釈できない場合は、明細書に記載された構成や、作用効果、図面などを考慮して解釈します。
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2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
3 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。(e-Gov法令検索)
例えば、例示の特許権の明細書に記載された実施例において、「不織布シートには、パンチング等によって15~20個/cm2、孔の直径が0.5~1.0mmの多数の微小孔が形成されている。」などの記述があった場合、少なくとも「孔の直径が0.5~1.0mm」のものは、「微小孔」であるとの解釈を根拠づける有力な証拠になります。ただし、実施例はあくまでも特許発明のひとつの実施例ですから、上記の記載があるからといって、ただちに「直径1.2mmの孔は『微小孔』に該当しない」という解釈を導くものではありません。
また、明細書に記載された発明の作用効果を考慮して、クレームの文言解釈を行うこともあります。
本ページで問題となっている「特許請求の範囲」の解釈ではなく、発明の特許性を判断する際の前提となる「発明の要旨」の認定についてですが、平成3年3月8日、最高裁は「この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」との判断を示しました。
その後、従来、明細書の記載の参酌が当然のように行われてきたクレーム解釈についても、上記最判の射程が及ぶのではないかなど実務に混乱が生じ、実際にそのような判断をする下級審判例も現れるようになりました。
そこで、侵害訴訟における「特許請求の範囲」の解釈について、従来通り明細書の記載などを参酌して行うとの考え方を明確にするため、平成6年の特許法改正により現行の特許法70条2項が設けられたのです。
3.出願の過程で特許庁へ提出した資料
特許出願の過程では、その設定登録までに拒絶理由が発せられ、それに対する意見書や補正書を出願人が提出することがよくあります。そのような意見書や補正書において、文言の意義を限定するような主張を行っていた場合には、その結果特許査定がされたとき、後になってこれと反するような主張は信義則ないし禁反言の趣旨に反して許されないとされています。
このような考え方は、出願経過における書類一式が「包袋」と称されていることから、「包袋禁反言の法理」などと呼ばれています。
例えば、出願人が、特許庁へ提出した意見書において、「『微小孔』には、汗や汚れが衣服に付着するのを防ぐという本発明の作用効果に照らし、これらを容易に貫通させるような5mm以上の大きさの孔は含まれない。」などと意見を述べ、その結果クレーム上の文言が「微小」のままで特許査定となった場合、後に侵害訴訟等で「微小」の解釈が争われたときに、「5mmの孔」が「微小孔」に該当すると主張することは、信義則ないし禁反言の趣旨に反して許されないことになります。
4.公知の技術
クレームにおける用語の意味に解釈の余地がある場合、特許を出願した当時の公知の技術水準を参酌して、その用語の意味を解釈すべきであるといわれています(最判昭和37年12月7日民集16巻12号2321頁)。
例えば、出願当時、衣服の汚れ防止目的のシートについて、5mm程度の孔を備えていたものが公知であった場合には、特許権は新規な発明に対して付与されるものであるので、本件発明1の「微小」という限定は、5mm程度の大きさの孔はあえて除外している、というように解釈することができます。
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