BitTorrent(ビットトレント)等のファイル共有ソフトを使用すると、プロバイダより「発信者情報開示請求に係る意見照会書」が届く場合があります。
この「発信者情報開示請求に係る意見照会書」への回答を放置することはお勧めできません。
また、回答を拒絶したり、放置したりすることが必ずしも得なわけではありませんので、対応については専門家の助言を仰ぎましょう。
1.発信者情報開示請求に係る意見照会書とは
BitTorrent(ビットトレント)等のファイル共有ソフトを使って他人の著作物をダウンロードすると、インターネットプロバイダから発信者情報開示請求に係る意見照会書が届く場合があります。意見照会書が届いたにもかかわらず、何も対応せずこれを放置したらどうなるでしょうか?
BitTorrent(ビットトレント)などのファイル共有ソフトウェアで自身の大切な著作物が違法に共有されてしまった場合、著作権者は著作物をアップロードした人(発信者)を特定して、損害賠償請求や差止めの請求をすることができます。著作権者はBitTorrent(ビットトレント)の使用者を特定するため、発信者のIPアドレスを特定し、そのIPアドレスを提供しているインターネットプロバイダに対し、発信者の氏名等の情報を開示するように請求することができます。これが「発信者情報開示請求」です。
インターネットプロバイダは、自社の利用者・発信者(そのインターネットプロバイダの回線を使用して著作物をアップロードした人)の情報の開示請求を受けた場合、その発信者に情報を開示してよいか否かを文書で照会します。これが「発信者情報開示請求に係る意見照会書」です。
詳しくは次の記事もご覧ください。
2.発信者情報開示請求に係る意見照会への対応
2.1 選択肢は3つある
BitTorrent(ビットトレント)を使用した結果、プロバイダから「発信者情報開示請求に係る意見書」が届いた場合の手続きの流れを図で表すと次の通りです。
発信者の対応としては、次の3種類が考えられます。
- 発信者情報開示に同意する
- 発信者情報開示に不同意とする
- 無視する
2.2 発信者情報の開示に同意した場合どうなるのか
あなたが発信者情報の開示に同意した場合は、相手方にあなたの住所、氏名などの発信者情報が開示されます。著作権者は著作物を違法アップロードして著作権を侵害したのがあなたであるとして、損賠賠償請求等をすることになるでしょう。
ここであなたが代理人弁護士に著作権者との交渉を委任した場合には、以降は代理人弁護士と著作権者(の代理人弁護士)との間で和解の交渉が行われることになるでしょう。
2.3 発信者情報の開示に不同意の場合、あなたの情報は開示されるのか
それでは、あなた(発信者)が発信者情報の開示に同意しなかった場合はどうでしょうか。
発信者の情報開示が認められるのは、次のような場合です(プロバイダ責任制限法4条1項)。
- 開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであること。
- 発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき。
基本的には、インターネットプロバイダは発信者の意見に拘束されるわけではありません(総務省「プロバイダ責任制限法Q&A」問19)。よって、あなた(発信者)が開示に同意しなかった場合であっても、インターネットプロバイダは上記要件が充足されているかどうか検討したうえで、発信者情報を開示するか否かを判断することができます。
しかし、発信者が一応の根拠を示して開示を拒絶した場合はもはや「開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らか」とまではいえなくなります。よって、発信者から同意が得られないにもかかわらずインターネットプロバイダがあえて発信者情報を開示することは稀なケースと思われます。この点については、総務省の解説も同様の記載をしています(総務省解説39頁)。
情報開示がされないと発信者を特定できませんので、著作権者はインターネットプロバイダを相手として、裁判所に発信者情報開示請求訴訟の提起か、発信者情報開示命令の申立てをして法的手続きによって開示させるか、そうでなければそれ以上の追及を断念することになるでしょう。
2.4 発信者情報開示請求に係る意見照会を無視したらどうなるか
それでは、あなたがインターネットプロバイダから届いた発信者情報開示請求に係る意見照会に回答せず、無視した場合はどうなるでしょうか。
発信者情報の開示が不同意とされた場合と同様、2週間以上経過しても発信者の回答が無い場合、インターネットプロバイダは開示の要件が充足されているかどうかの検討をはじめることになります。期限内に回答をしなかった場合には、発信者は開示要件についての特段の主張をしなかったものとして取り扱われます。
そのような場合、インターネットプロバイダは情報開示をしてしまうのでしょうか。
インターネットプロバイダは契約者に対し善管注意義務を負っていますから、発信者の情報が安易に開示されて発信者の権利が侵害されないよう、あらゆる手段を尽くすことが求められます。その内容のひとつとして発信者の意見を聴取する義務が特に法律に定められていますが、インターネットプロバイダの負う善管注意義務はそのような法律上の義務に限られません。
上記の善管注意義務を鑑み、インターネットプロバイダは、発信者からの回答がない場合であっても、独自判断で発信者情報を開示するという運用をしていないことが多いです。
そうとはいえ、理論上はインターネットプロバイダは独自の判断で発信者情報を開示することも可能です。したがって、あなたが発信者情報を開示したくない場合には、何らかの理由を示して不同意の回答をしておくのが無難ということになります。
少なくとも意見照会書への回答を放置することはお勧めできません。
3.発信者情報が開示されなかった場合どうなるのか?
3.1 著作権者の選択肢は2つ
著作権者がビットトレントで違法に著作物を共有した人(発信者)に対し損害賠償請求などをしたい場合、まず発信者が利用したIPアドレスなどから、その氏名、住所などを特定する必要があります。しかし、発信者情報開示がされなかったら、著作権者は発信者を特定することができません。
その場合の著作権者の対応は2種類考えられます。
- 発信者情報開示命令を求める法的手続きを行う
- 責任追及を断念する
発信者情報開示請求に係る意見照会に開示不同意や無回答とした場合の流れを図で示すと次の通りです。
3.2 発信者情報開示を求める法的手続き
著作権者は、インターネットプロバイダを相手にして、発信者の情報の開示を求めて訴訟を提起することができます。また、プロバイダ責任制限法の改正によって、著作権者は訴訟ではなく非訟手続(通常の訴訟手続きではない簡易な手続き)によって発信者情報開示命令の申立てをできるようになりました。
これらの手続きは著作権者がインターネットプロバイダを相手として行います。したがって、あなた(発信者)が当事者となるわけではありませんので、あなたが対応する必要はありません。インターネットプロバイダが訴訟や申立てに対応することになります。
このような発信者情報開示請求訴訟・申立てにおいて、著作権者は自分の権利(ここでは著作権)があなたに侵害されたことが明らかであるということを主張立証して、インターネットプロバイダーが保有するあなたの氏名などの情報を開示する命令を求めます。
3.3 BitTorrent(ビットトレント)によるファイル共有の場合
BitTorrent(ビットトレント)によるファイル共有を発端とする発信者情報開示請求訴訟は過去に数多く起こされており、著作権者にとってはすでにかなりルーティン化された手続きといえるでしょう。すなわち、証拠の状況等を踏まえて、著作権者側としても開示命令を得られるか否かの予測が立てやすくなっているといえます。したがって、ビットトレントの使用による著作権侵害を理由とした発信者情報開示請求訴訟において、著作権者の勝訴率は非常に高いです。
よって、インターネットプロバイダからの意見照会に対し、あなたが開示を拒絶したり、意見照会を無視したりしても、著作権者側が法的な手続きに及べば、発信者情報が開示されてしまうケースが多いといえます。
なお、発信者情報の開示が認められなかった裁判例が皆無なわけではありません。例えば次の記事にあるように、「ハンドシェイク」時のIPアドレスに基づいて発信者情報を開示することを認めなかった裁判例があります。しかし、発信者情報開示を認めなかった裁判例は少数であり、レアケースといえるでしょう。
3.4 責任追及の断念
著作権者側のもうひとつの選択肢として、発信者に対する責任追及(損害賠償請求など)を断念することが考えられます。
発信者に対し訴訟を起こした場合に、判決で得られる損害賠償金と訴訟に必要な費用や手間を比較してその両者が釣り合わないとすれば、著作権者としても裁判所に訴えてまで責任追及することに経済的な合理性があるとはいえません。つまり、著作権者が法的な手続きを進めると赤字になるのが予想される場合には、経済的合理性に従って責任追及を断念するという判断をすることもあり得ます。実際にBitTorrent(ビットトレント)を使用したことによる著作権侵害において、損害賠償金額が低額にとどまった裁判例も複数あるようです。
しかし、責任追及を断念するかどうかは専ら著作権者が判断することであり、発信者としてはしばらくは不安定な立場におかれることになります。著作権侵害のような不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は「被害者が侵害の事実と侵害者を知った時から3年」ですので、あなたはかなり長い期間不安定な立場で過ごすことになりかねません。
4.発信者情報が開示された場合に起こること
4.1 発信者の選択肢としての和解と訴訟
著作権者が発信者情報開示を求める訴訟や申立てで発信者を特定した場合、次は発信者に対し損害賠償請求をすることができます。
著作権者が損害賠償請求をしてきた場合の発信者の選択肢として和解と訴訟が考えられます。
4.2 和解(示談)による解決
まず、訴訟等の法的な手続きによらず、話合いによって著作権侵害紛争を解決することが考えられます。すなわち和解(示談)による解決です。
和解は当事者同士がお互いに譲歩し合意することによって紛争を解決する手続きです。よって、和解をするために必要な条件は、当事者間の合意で自由に定めることができます。ビットトレントを用いた著作権侵害事件の和解の場合、通常は、発信者が著作権侵害をしたことを認め、和解金を支払うことを条件とすることが多いです。和解金の金額は著作権者によって異なりますが、このような事件を多く手がける弁護士であれば、ある程度の目安を示すことはできるでしょう。
ここで著作権者側からみると、任意に発信者情報の開示に応じた人と、法的な手続きによって発信者情報が開示された人とでは、発信者の特定に要した費用と手間に大きな違いがあります。和解金の額にもそのような費用や手間が反映されてくる可能性はあります。
和解による解決は、和解金を支払うだけではなく、最終的には発信者と著作権者との間で和解契約書を締結すべきです。これは、どのような条件で和解をしたかを書面化して、後の争いを避けるためでもあります。
4.3 訴訟による解決
他方で、著作権者としては、和解交渉をせずに著作権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を提起して裁判所に著作権侵害の有無や損害賠償額を判断してもらうことも可能です。ただし、ビットトレントを使用したことによる著作権侵害事件の場合、著作権者側から損害賠償請求訴訟が提起されることは希であり、公開されている裁判例もほとんどありません。
では、著作権者が訴訟提起しない場合、ビットトレントの使用者(発信者)側からは訴訟によって紛争解決をすることはできないのでしょうか?例えば発信者がほんの短時間ビットトレントを使用しただけであり損害額が非常に低いと思われる場合や、そうでなくても著作権者の提示した和解金額に納得できない場合、裁判所に判決という形で損害賠償額を判断してもらいたい場合もあるでしょう。
著作権者からだけではなく、ビットトレントの使用者からも、裁判所が関与する手続きで損害の有無や、損害額に関する公的な判断を求める手続きがあります。債務不存在確認請求訴訟という手続きです。
債務不存在確認請求訴訟は、著作権侵害に基づく損害賠償債務が存在しないことや、損害賠償額が○○円を超えないことを、裁判所の判決によって確認してもらう訴訟手続です。審理の内容自体は、著作権者側から提起された著作権侵害に基づく損害賠償請求訴訟とかわりません。ビットトレントの使用者側から債務不存在確認請求訴訟を提起することにより、著作権者からの訴訟提起を待つことなく、訴訟による解決を図ることができます。
ビットトレントの使用による著作権侵害事件の損害賠償額が算定された裁判例は多くはありませんが、そのほとんどが債務不存在確認請求訴訟によるものです。訴訟の場合、弁護士費用や裁判所に支払う訴訟費用等がかかりますので、和解の場合と比べてどれほどの経済的メリットがあるのか微妙なところですが、判決で認められた損害賠償額は低額なことが多いですので、一考の価値はあるでしょう。
4.4 著作権者からの請求を放置するとどうなるか
発信者が、著作権者からの請求に対応せず、これを放置した場合はどうなるでしょうか。
過去のビットトレント使用による著作権侵害事案で、著作権者側から損害賠償請求訴訟が提起されたことはほとんどありませんでした。また、訴訟によって認められた損害賠償額も低額に留まることが多かったようです。よって、著作権者からの請求を放置しても訴訟に至ることはなく、仮に訴えられたとしても認められる損害額は低いから、大きな実害はないと考える方もいるかもしれません。
しかし、これはあくまでも過去の事例に基づく判断であることに注意すべきです。過去の個別の事例があなたの今の状況に全て当てはまるわけではありません。
また、著作権侵害には刑事罰もあります(個人の場合、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、またはその両方)。放置した場合には刑事罰を受ける可能性があります。
5.結局どうするのがおすすめなの?
発信者情報開示請求に係る意見照会に不同意とした場合や放置した場合に起こるであろうことを説明しましたが、結局どのような対応をするのが最善なのでしょうか。
5.1 早期かつ穏便に解決したい
発信者情報開示請求に係る意見照会に「開示に同意する」として、著作権者との和解をすることによって、事件を最も早期かつ穏便に解決できます。
事件の処理を弁護士に委任することによりより早期・確実な解決が可能になることが多いです。以下のページもご覧ください。
5.2 損害賠償額などを争いたい
発信者情報開示請求に係る意見照会に「開示に同意する」とした上で、債務不存在確認請求訴訟を提起すれば、著作権侵害の有無や損害賠償の額について、裁判所による判断を得ることができます。
5.3 まずは専門家に相談しましょう
上記のように、インターネットプロバイダからの意見照会を無視したり、開示を拒絶することが必ずしも得なわけではありません。また、対応についても専門的な知識が助けになります。
インターネットプロバイダから意見照会があった場合には、早急に弁護士に相談することをお奨めします。
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