ビットトレント(BitTorrent)を利用して動画ファイルなどをダウンロードすると、意図せずとも著作権侵害やパブリシティ権侵害を引き起こすことがあり、権利を侵害された著作権者等はプロバイダに対し発信者情報開示請求を行うことができます。
近年、ビットトレント利用者の発信者情報開示を求める訴訟においては、開示が認められるケースが多く、特に令和4年以降に開示が認められなかったケースはほとんどありませんでした。
しかし、発信者情報開示請求は常に認められるわけではありません。ビットトレント(BitTorrent)の「ハンドシェイク」(handshake)時のIPアドレスに紐づけられた発信者情報の開示を認めなかった裁判例を2件紹介します。
- 本判決はこの事案限りの判断です。今後も同様の判断がなされるとは限りません。
- 本判決は発信者情報開示請求に関する判断を示すものです。損害賠償に関しても本判決が妥当するとは限りません。
- 今後ビットトレントを使用した著作権侵害について損害賠償請求をされなくなる、ということではありません。
1.発信者情報開示が認められるための要件
まず、発信者情報の開示はどのような場合に認められるでしょうか。
発信者情報開示請求はプロバイダ責任制限法に基づく手続です。次のような一定の要件を備える場合に、権利侵害をされた著作権者などがプロバイダに対し発信者の情報を開示するよう求めることができます(なお必要な要件はこれだけではありませんが、本記事では割愛します)。
- 権利が侵害されたことが明らかであること(権利侵害の明白性)
- 開示を受けるべき正当な理由があること(正当理由)
- 開示を求めたのが「当該権利の侵害に係る発信者情報」であること
発信者がビットトレントを用いて著作者に無断で著作物のファイル共有をした場合、著作権者は公衆送信権などの著作権を侵害されていることになりますので❶権利侵害の明白性が認められることが多いです。また、著作権者は損害賠償請求等のため発信者の特定をする必要がありますので❷正当な理由も認められてきました。
なお、開示が認められる情報は❸権利の侵害に係る発信者情報に限られます。
2.「ハンドシェイク」時点の発信者情報の開示を認めらなかった裁判例(東地判令和 5年 5月12日)
2.1 事案の概要
近年のビットトレントの利用者に関する裁判例では、発信者情報開示を認めなかったケースは少ないです。これは数多くの発信者情報開示請求訴訟が提起され裁判例が蓄積されたことにより、法定されている開示の要件を充足するためにどのような主張・立証をすればよいかが明らかになってきたためと思われます。
しかし、常に情報開示が認められるわけではありません。発信者情報開示が認められなかった裁判例(東地判令和 5年 5月12日・令和4(ワ)1541発信者情報開示請求事件)をご紹介します。
本件の原告はアダルトビデオを制作・販売する株式会社です。原告は調査会社に委託して、原告が著作権を有する動画が違法にトレントネットワークにアップロードされていないか調査を行いました。
調査会社は監視ソフトウェアを使用して、トラッカー(ピアのアップデート・ダウンロード能力やファイルの取得状況を監視するサーバ)サイトで原告の動画ファイルを検索し、著作権侵害が疑われる動画ファイルのハッシュ値(ファイルを特定できる固有の数値)を用いて原告動画ファイルの提供者のリストを要求し、トラッカーから、提供者のIPアドレス及びポート番号が記載されたリストを取得しました。
ビットトレントは、ファイルのダウンロード・アップロードをする際、まずは他のピアと通信を行い、ピアの稼働状況や著作物ファイルのピース保有状況を確認します。このようなピアの確認行為は「ハンドシェイク」とよばれています。調査会社も同様な手法で「ハンドシェイク」時のIPアドレスを取得しました。
原告は調査会社から「ハンドシェイク」時のIPアドレスの提供を受け、公衆権侵害などを主張して、インターネットプロバイダに対しIPアドレスを使用している発信者の情報開示を求めました。
2.2 争点
本件で争点とされたのは次の3点です。
- 原告の権利が侵害されたことが明らかであるか
- 発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
- 原告が本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか
2.3 原告の権利が侵害されたことが明らかであるか
裁判所は、ビットトレントネットワーク上に存在する動画ファイルが原告の著作物と実質的に同一内容であり、これがダウンロード可能になっており、実際にもダウンロードされている旨を認定しました。
よって、原告の著作物が送信可能化(著作権法2条1項9号の5)されており、調査会社によって特定されたIPアドレスを割り当てられたピアのユーザーによって、原告の著作権(公衆送信権)が侵害されていることが明らかであるとしました。
前記前提事実(2)ないし(4)によれば、ビットトレントネットワーク上に存在する本件各動画ファイルは、原告が著作権を有する原告各動画と実質的に同一の内容を表示するものであること、ビットトレントネットワークにおいては、トラッカーが特定のファイルの提供者を管理しており、ビットトレントネットワークを介して当該特定のファイルをダウンロードしたピアは、他のピアから要求があれば、当該特定のファイルを送信することになることが認められる。また、証拠(甲5)によれば、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てられたピア(ただし、これらのピアがどの時点で被告からこれらのIPアドレスを割り当てられたのかは、証拠上明らかでない。)が、ビットトレントネットワークを介して、本件各動画ファイルの全部又は一部をダウンロードしたことが認められる。
東地判令和 5年 5月12日・令和4(ワ)1541発信者情報開示請求事件
そうすると、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てられたピアによって、原告各動画に基づき作成された本件各動画ファイルの全部又は一部がダウンロードされたことで、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」により原告各動画を「自動公衆送信し得るようにすること」、すなわち「送信可能化」の状態に至ったものと認められる。
そして、違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情は見当たらないことからすると、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てられたピアのユーザーによって、原告各動画が「送信可能化」され、原告各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであると認めるのが相当である。
なお、被告は調査会社の調査が信用できない旨を主張していますが、裁判所は調査は信用できるとして、そのような被告主張を一蹴しています。
本件調査会社が本件監視ソフトウェアを使用して行う調査の手法は、前記前提事実(4)のとおりであり、それ自体、ビットトレントネットワークによるファイル共有の仕組みを踏まえたものであって、不合理なものとはいえず、他方で、本件監視ソフトウェアが、その構造上、IPアドレスやポート番号を正しく把握することができないことをうかがわせる証拠はない。
東地判令和 5年 5月12日・令和4(ワ)1541発信者情報開示請求事件
したがって、本件調査会社による本件監視ソフトウェアを使用した調査は信用することができるというべきである
2.4 発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
まず、裁判所は「公衆送信権」の権利侵害が発生するのは、動画ファイルがビットトレントネットワークを介してダウンロードされた時点であるとしています。しかし、調査会社が特定したIPアドレスは「ハンドシェイク」時点のものであり、「ハンドシェイク」時には送信可能化は終了しています。そして、「ハンドシェイク」は他のピアに接続し応答すること等を確認するものであるから、これによって「公衆送信権」の侵害がもたらされているとはいえない、と認定しています。
また「送信可能化」は所定の行為により「自動公衆送信し得るようにすること」であるが、「ハンドシェイク」によって「送信可能化」がされているともいえないとしています。
よって、「ハンドシェイク」が原告の著作物を送信可能化し公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできず、「ハンドシェイク」時点の発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するとは認められないとしています。
下の図はビットトレントによるファイル共有の手順を、1~4の時系列で表現したものです。なお本件の解説に不要な手順は捨象しています。
裁判所は下記の概念図における「1 他のピアからピースをダウンロード」「4アップロード・ダウンロード」行為によって、著作権侵害の存在は認めています。
しかし、「1 他のピアからピースをダウンロード」が終了した時点で「送信可能化」が終了している一方で、「4 アップロード・ダウンロード」の時点で「公衆送信」がなされるのであり、「3 ハンドシェイク」行為はこれらの行為と異なり著作権侵害とは評価できないとしたものと思われます。
著作権法2条1項9号の5イ所定の行為により、原告各動画が送信可能化されて、原告各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたのは、本件各動画ファイルが、ビットトレントネットワークを介して、ダウンロードされた時点であるというべきである。これに対し、前記前提事実(4)のとおり、ハンドシェイクとは、本件監視ソフトウェアが、トラッカーから送信されたリストに記載されたIPアドレスで特定されるピアに接続し、応答すること等を確認するものであるところ、本件各発信者情報は、このようなハンドシェイク時に、被告から別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てられていた者に関する情報である。そうすると、原告各動画に係る原告の公衆送信権はハンドシェイク時よりも前の時点において既に侵害されていたというべきであり、ハンドシェイクによって上記の権利侵害がもたらされたということはできない。
東地判令和 5年 5月12日・令和4(ワ)1541発信者情報開示請求事件
また、著作権法2条1項9号の5がイ又はロ所定の行為により自動公衆送信し得るようにすることを「送信可能化」と定義している以上、「送信可能化」したといえるには、それらに該当する行為がされることが必要である。しかし、本件全証拠によっても、ハンドシェイクの通信が上記の各行為のいずれかに該当すると認めることはできない。
したがって、ハンドシェイクの通信が、原告各動画を送信可能化し、原告各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできず、よって、ハンドシェイクの通信から把握される情報である本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するとは認められない
なお、改正プロバイダ責任制限法では、「権利侵害をもたらす通信」から把握される発信者情報だけではなく、侵害に関連する通信(侵害関連通信)、具体的には同法施行規則に定められたログイン時・ログアウト時などの通信に関する発信者情報(特定発信者情報)の開示も認めています。例えば、ツイッターなどで誹謗中傷ツイートをして権利侵害を引き起こした時点のIPアドレスに基づく発信者情報(「権利侵害をもたらす通信」から把握される発信者情報)だけではなく、ツイッターへのログイン・ログアウト時のIPアドレスに基づく発信者情報(特定発信者情報)の開示も認めることになっています。
しかし、特定発信者情報の開示に必要な要件は、権利侵害時の発信者情報の開示に必要なものにさらに要件が加重されており、両者は厳密に区別されています。裁判所は、そのような法の趣旨からすれば、特定発信者情報とは、特に法に明記されているログイン・ログアウト時などの情報に限られると判示しています。そして、「ハンドシェイク」時の通信はログイン・ログアウト時などの「侵害関連通信」ではなく、「権利侵害をもたらす通信」でもないとして、裁判所は発信者情報の開示を認めませんでした。
3.調査の正確性を疑問視したうえで、「ハンドシェイク」時の発信者情報開示を認めなかった裁判例(大地判令和 5年 6月29日)
また、ビットトレントを用いた著作権侵害の調査の正確性を疑問視し、発信者情報の開示を認めなかった裁判例も存在します。
原告は「著作権侵害システム」なるソフトウェアを用いて、原告が著作権を有するファイルのダウンロード状況を監視していました。まず裁判所はそのようなソフトウェアの調査の信頼性を疑問視しています。
本件訴状の別紙各動画目録に記載されたIPアドレス及び発信時刻の組合せ中、被告のログ保存期間を経過していない75件につき、当該組合せに対応するログが見当たらないものが4件(約5.3%)存在したと考えられるところ、その原因は不明である上、本件ソフトウェアについて、ビットトレントを使用して試験用ファイルの交換を行っているユーザーのIPアドレス等と本件ソフトウェアによって検知されたユーザーのIPアドレス等の同一性を確認する2回のテストでは同一性が確認されたとはいえ、いずれも原告代理人事務所の事務員が試験実施者となっており、その内容は必ずしも客観的とはいえない。
そうすると、ビットトレントを介した通信においてハッシュ値が一致しなければユーザー(ピア)間は接続されないことを前提としても、本件ソフトウェアによる調査において、権利侵害情報に係る通信とは無関係の通信に関する情報が記録される可能性は排除できないから、本件調査の正確性には相当程度疑問があるといわざるを得ない。
大地判令和5年6月29日・令和4(ワ)1840発信者情報開示請求訴訟事件
また、たとえ調査が正確であっても、著作権侵害となるためには著作物性のある部分について公衆送信(公衆送信可能可を含む)や複製をすることを要しますが、ピアが保有しているピース(著作物のファイルがさらに細分化されたファイル)に著作物性があるかどうかは、ハンドシェイク時の情報だけからでは明らかでないとして、著作権侵害が明らかであるとはいえないと判断しています。
IPアドレス等を記録されたピアが、本件各動画のファイルのデータにつきどの程度の量のピースを保有しているのかは不明であり、本件調査においては、ハンドシェイク後に当該ピアが保有するピースのダウンロードを行っていないというのであるから、本件ソフトウェアを用いた本件調査の結果が正確であるとしても、本件契約者らが、ハンドシェイクに係る通信の発信時刻において、本件各動画のファイルのデータを細分化したピース1個以上を保有していたといえるにとどまり、ピースをどの程度保有していたのかは明らかではない。
大地判令和5年6月29日・令和4(ワ)1840発信者情報開示請求訴訟事件
さらに、本件ソフトウェアによって本件契約者らが保有していたことが確認されたという本件各動画のファイルのピースが具体的にいかなるデータであったかについても明らかではなく、本件各著作物の創作性のある部分の複製に当たるものであったことを認めるに足りる証拠はないから、本件契約者らが原告の著作権(送信可能化権)侵害をしたことが明らかであるものとは認められない。
他の著作権侵害事件でも、裁判所が、まず複製等の有無を判断した上で、複製等をされた部分に著作物性があるかどうかを更に判断することによって、著作権侵害の有無を判断する手法を採用している裁判例があります。本件の判断はそのような手法(いわゆる濾過テスト)と親和性があるものといえます。
4.本判決のインパクトは大きい(かもしれない)
これらの裁判例は発信者情報開示請求に関するもので、損害賠償請求に関するものではないことにご注意ください。よって、今後ビットトレントを使用した著作権侵害について損害賠償請求ができなくなる、ということではありません。また、訴訟においては個別の事案毎に審理をしますので、今後別の事件で、すべてハンドシェイク時の情報に基づく発信者情報開示請求訴訟が認められなくなる訳でもありません。あくまでもこの事案限りの判断です。
これらの判決で裁判所は、ビットトレントネットワークにおいて著作物が共有されており著作権侵害が発生していることは認めましたが、プロバイダ責任制限法に定められている発信者情報開示が認められる要件を厳格に解釈して、著作物アップロードの前提行為であり、送信可能化の終了後の行為でもある「ハンドシェイク」自体は著作権侵害行為ではなく、「ハンドシェイク」時のIPアドレスに紐づけられた発信者情報の開示は認められないと判示しています。
- 「ハンドシェイク」時のIPアドレスからは発信者情報開示は認められない
- 公衆送信時・公衆送信可能化時のIPアドレスが必要
なお、この裁判例と異なり、ハンドシェイク時点のIPアドレスに係る発信者情報の開示を認める裁判例は多数存在します。
例えば次の裁判例では、まさにHandshakeに係る通信が「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか否かという点に争点が絞られ審理されています。そして、Handshake時に送信可能化がされていることをもってHandshakeに係る通信が「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するという判断がされました。なお、この判決は知財高裁でも維持されています。
前記前提事実に係るBitTorrentの仕組み及び本件検知システムの上記結果によれば、氏名不詳者らは、遅くとも、上記Handshakeの時点である別紙動画目録⑴ないし⑷記載の各日時には、同目録記載のIPアドレス及びポート番号の割当てを受けてインターネットに接続した上、本件各動画の全部又は一部を取得してその端末に保存し、かつ、BitTorrentのネットワークを介して他のピアからの要求に応じて本件各動画の全部又は一部を送信することができる状態にしていたものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はなく、この点につき被告も積極的に争うものではない。
東地判令和4年8月9日・令和4(ワ)1543 発信者情報開示請求事件
これらの事情の下においては、氏名不詳者らは、別紙動画目録⑴ないし⑷記載の各日時において、本件各動画の全部又は一部を不特定多数の者からの求めに応じ自動的に送信し得るようにしたものと認めるのが相当である。そして、当事者双方提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によっても、侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情を認めることはできない。
したがって、氏名不詳者らによるHandshakeに係る情報の流通によって、本件各動画に係る原告の送信可能化権が侵害されたことが明らかであるといえるから、本件発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと認められる。
また、他の裁判例でも同じような判断がされています。
これらの事情を踏まえると、本件発信者らは、Handshakeの時点において、不特定の者に対し、BitTorrentのネットワークを介して本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを通知しているのであるから、本件発信者らによるHandshakeに係る情報は、プロバイダ責任制限法5条1項にいう「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと解するのが相当である。また、本件発信者らによるHandshakeに係る情報は、上記のとおり、不特定の者において、本件各動画に係る送信可能化権が侵害されその状態が継続していることを確認する上で、必要な電気通信の送信であるといえるから、「特定電気通信」にも該当するものと解するのが相当である。
東地判令和5年1月30日・令和3(ワ)33763 発信者情報開示請求事件
これによれば、応答確認(Handshake)の通信それ自体は本件侵害動画の自動送信に係る通信とはいえない。もっとも、本件ソフトウェアに対し応答確認(Handshake)の通信がされたことは、当該通信をした発信者が、ビットトレントを通じて本件侵害動画をダウンロードし、これを自己の端末に蔵置した上で、他のユーザーの要求に応じて、自動的に本件侵害動画をダウンロードできる状態にしていたことを意味するといえる。
東地判令和4年10月4日・令和3(ワ)27417 発信者情報開示請求事件
そうすると、別紙動画目録(1)及び(2)記載の本件各 IP アドレス及び各発信時刻から把握される本件発信者情報は、ビットトレント上のファイル共有に係る各通信(原告の権利を侵害する特定電気通信)を行った氏名不詳者らのものと認められ、これに係る本件発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるといえる。応答確認(Handshake)の通信それ自体が原告の権利を侵害する特定電気通信とはいえないことは、この認定を左右するものではない。
このように過去にハンドシェイクにかかる情報を「権利の侵害に係る発信者情報」に該当すると判断した裁判例が多数存在します。また、ハンドシェイクの通信自体は権利侵害をする通信とはいえないことはそのような判断を左右しない、とまで述べている裁判例もあります。
ネットワークを監視している調査会社が現時点で保有しているデータがいかなるものかはわかりませんが、もし「ハンドシェイク」時のものしか保有していないということであれば、今後は発信者情報開示が認められない可能性があります。そのような場合に、調査会社が過去に遡って送信可能化時や公衆送信時のIPアドレスを特定するのは難しいかもしれません。
よって、ビットトレント利用による過去の著作権侵害について、本判決の及ぼすインパクトは小さくないかもしれません。
SNSにおける誹謗中傷などの権利侵害については、プロバイダ責任制限法が改正され、誹謗中傷などの侵害情報の送出時だけではなく、SNSへのログイン・ログアウト時のIPアドレスに紐づいた発信者情報の開示も認められることになりました。そして、裁判所も著作権侵害行為の存在自体は認めているのであり「ハンドシェイク」は著作権侵害行為に密接に関連する行為です。そう考えると同様の法改正によって「ハンドシェイク」時のIPアドレスに紐づいた発信者情報が開示されるようになる可能性もゼロではありません。
この問題が立法問題として解決されるのか、上訴・後訴で覆されて解決されるのか、調査会社のデータ収集法が変更されて大した問題ではなくなるのか、それともそもそも解決されないのか、考えられるシナリオは多岐にわたり興味深いところです。
なお、本判決は地裁段階のものですから、今後の裁判例の動向を注視していく必要があります。
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