この記事を書いた人
笠原 基広
弁護士(第一東京弁護士会所属)・弁理士

東京都千代田区神田の弁護士法人AK法律事務所にて、主に知的財産法務と企業法務を中心とする業務に従事しています。

【概要】発信者情報開示請求とは

BitTorrentなどのファイル共有ソフトウェアで、漫画、ビデオなどの他人が著作権を有する著作物のファイルをダウンロードすると、同時に他のユーザーにそのような著作物のファイルの断片をダウンロードさせることになります。他人の著作物を無断でダウンロードさせると、著作権者の公衆送信権などを侵害します。

すなわち、BitTorrentでファイルをダウンロードする行為は著作権侵害を引き起こします。

ダウンロードされた漫画などの著作権者は、自分の著作権を侵害されていますから、ファイルをダウンロードさせた人(発信者)の責任を追及することが可能です。まず、インターネットサービスプロバイダ(ISP)に対し、発信者の特定をするために発信者情報開示請求を行うことになります。

発信者情報開示請求を受けたISPは、発信者に対し、個人情報を開示してよいかどうかを問い合わせます。発信者が情報開示を拒否した場合には、ISPも情報開示しないことが多く、その場合、著作権者はISPに対し、発信者情報開示請求訴訟を提起することがあります。

発信者情報開示請求の概念図

発信者が特定されると、著作権者は発信者に対して損害賠償の請求をすることが可能となります。

ファイルのダウンロードだけで著作権侵害が生じる?

BitTorrent(ビットトレント)といったファイル共有ソフトウェアでマンガや動画のファイルをダウンロードしたら、インターネット回線を提供しているプロバイダから発信者情報開示請求についての意見照会書が届く場合があります。

ファイルをダウンロードしただけなのに、なぜ照会書が届くのでしょうか?

BitTorrentとは

BitTorrentはピアツーピア(P2P)でファイルを転送するソフトウェアやプロトコルです。P2PとはPeer to Peerの略で、中央集権的なサーバを通さずコンピュータ同士でファイルをやりとりすることをいいます。

外部リンク
BitTorrent
wikipedia

BitTorrent自体は価値中立的なソフトウェア(プロトコル)で、特に違法なものではありません。しかし残念ながら、BitTorrentでは多くの著作物が違法に共有されています。

最初に他人の著作物をアップロードした「シーダー」は、もちろん著作権侵害に問われます。

それでは、他人の著作物のファイルをダウンロードしたにすぎない人(リーチャー)も著作権侵害に当たるのでしょうか?

BitTorrentではファイルのダウンロードだけをすることはできない

BitTorrentは、相手方のコンピュータからファイルの一部を受け取るには、自分もファイルの一部を渡す仕組みを採用しています。すなわち、ファイルをダウンロードする場合、必ず自身もファイルを他人にダウンロードさせることになってしまいます。なお、BitTorrent等のファイル共有ソフトウェアでは、ファイルを共有する際に自身のクライアントコンピュータからファイルをダウンロードさせることになり、サーバ等に「アップロード」するわけではありませんが、裁判例等ではこれを便宜的に「アップロード」といっているようです。本稿でもこれに従い「アップロード」といいます。

そうすると、BitTorrentで他人の著作物であるマンガや動画のファイルをダウンロードすると、必然的に他人の著作物を「公衆送信」することにもなります。よって、BitTorrentを使用して他人の著作物をダウンロードすると、結果的に他人の著作権(公衆送信権等)を侵害することになります。

なお、BitTorrentでファイルをダウンロードするリーチャーがアップロードするのはファイルの一部分に過ぎません。しかし、ファイルの一部分であっても、他のファイルと併せて元の動画ファイルになるわけなので、リーチャーであっても他のリーチャーと共同して著作権を侵害することにかわりありません。

裁判例も同様に、リーチャーであっても著作権を侵害するとしています。

一審原告X1らは、BitTorrentを利用して本件各ファイルをアップロードした他の一審原告X1ら又は氏名不詳者らと、本件ファイル1~3のファイルごとに共同して、BitTorrentのユーザーに本件ファイル1~3のいずれかをダウンロードさせることで一審被告に損害を生じさせたということができるから、一審原告X1らが本件各ファイルを送信可能化したことについて、同時期に同一の本件各ファイルを送信可能化していた他の一審原告X1ら又は氏名不詳者らと連帯して、一審被告の損害を賠償する責任を負う。(中略)

一審原告X1らは、BitTorrentを利用して本件各ファイルをダウンロードしてから、BitTorrentの利用を停止するまでの間の本件各ファイルのダウンロードによる損害の全額について、共同不法行為者として責任を負うと認めることが相当である。

引用元:知高判令和 3年 8月27日・令2(ワ)1573号

発信者の特定

自分の著作物をBitTorrentネットワークにアップロードされてしまうと、著作権者は自分の漫画や映画をタダでダウンロードされてしまいますので、結果的に売上げが減ってしまうといった損害を被ります。

著作権者は、違法アップロードによる被害を防止したり回復したりするために、アップロードした人を突き止めて、アップロードをやめさせたり、自身の著作権が侵害されたために生じた損害の賠償を求めることができます。

損害賠償請求までの流れ
  1. 発信者のIPアドレスを特定する
  2. 発信者を特定する(発信者情報開示請求)
  3. 発信者に対し、発信の停止と損害賠償を請求する。

そのために著作権者は、まずISPに対する発信者情報開示請求や発信者情報開示請求訴訟を通じて、発信者の情報を取得する必要があります。発信者の特定までの流れは以下の図の通りです。

発信者の特定までの流れ

発信者情報開示請求

著作権者が発信者を特定するためには、発信者のIPアドレスを特定して、インターネットサービスプロバイダ(ISP)に対して、そのIPアドレスを使用していた人の契約情報を開示するよう請求します。これがいわゆる発信者情報開示請求です。

BitTorrentには匿名性がなく、利用者のIPアドレスは特定可能です。他のP2Pソフトウェア(Winny、Share、PerfectDark、WinMX)にはIPアドレスを秘匿する機能があることが多いですが、最近はツールを用いることによってIPアドレスの特定が容易となりました。

インターネットサービスプロバイダ(ISP)とは

インターネットサービスプロバイダ(ISP)とは、ユーザーにインターネット接続サービスを提供する事業者のことです。インターネットプロバイダ、アクセスプロバイダ、経由プロバイダ、などともいわれます。主な事業者としては、OCN、BIGLOBE、ASAHI NET、IIJ等が挙げられます。

発信者情報開示請求を受けたISPは、発信者に対して「発信者情報開示請求に関する照会書」を送って、発信者の情報を著作権者に開示してよいか否かを問い合わせます

発信者情報開示請求に関する意見照会

発信者が個人情報の開示に同意した場合

発信者が個人情報の開示に同意した場合、ISPは著作権者に対して、その契約情報を開示します。

著作権者は発信者を特定できますので、著作権侵害によって生じた損害の賠償を請求することが可能となります。

発信者情報の開示

発信者が個人情報の開示に同意しなかった場合

個人情報の開示について発信者の同意がなかった場合、ISPは通常は情報開示に応じないことが多いです(とはいえ、任意に情報開示をすることもあります)。ISPが任意の情報開示に応じない場合、著作権者が発信者を特定するためには、ISPに対して発信者情報開示請求を提起することになります。

発信者情報の非開示

発信者情報開示請求訴訟

ISPが発信者の情報を開示しなかった場合には、著作権者はISPに対して発信者情報開示請求訴訟を提起して、発信者の個人情報の開示を求めます。

この発信者情報開示請求訴訟には発信者は関与せず、著作権者とISPとの間で開示の是非が争われます。具体的には開示の必要性が認められるか、著作権侵害があったかどうかなどが争われることになります。

発信者情報開示請求訴訟

著作権侵害に基づく損害賠償請求

任意の発信者情報開示がされたり、発信者情報開示請求訴訟で著作権者が勝訴して発信者の個人情報が開示された場合、著作権者は発信者を特定することになります。著作権者は特定された発信者に対して、損害賠償請求を行うことになるでしょう。

著作権侵害に基づく損害賠償請求

通常、著作権者はまずは訴訟外における損害賠償請求を行います。発信者は損害賠償金の額等についての条件を著作権者と交渉することができます。

一方、交渉がまとまらなかった場合、著作権者は発信者に対して、著作権侵害に基づく損害賠償請求の訴訟を提起することも可能です。

2つの点についての意思決定

あなたがBitTorrentでファイルをダウンロードした結果、ISPから発信者情報の開示請求にかかる照会があった場合、個人情報の開示に同意するか否か、損害賠償額等の交渉をするか(あるいは訴訟をするか)の2つの点について意思決定をする必要があります。

手続の全体的なフローチャートは以下の通りです。

手続の流れと意思決定

発信者が個人情報の開示に同意した場合

発信者が個人情報の開示に同意した場合、著作権者は発信者を特定して、損害賠償の請求をすることになるでしょう。

発信者が、市販されている漫画やビデオをアップロードしたような場合、すなわち著作権侵害の認識があるような場合には、事態をなるべく穏便に収束させるため、和解(示談)の交渉を申し入れることが考えられます。そのような和解交渉では、損害賠償額について折り合いをつけていくために協議をすることになるでしょう。交渉の結果、発信者と著作権者との間で損害賠償額などについて折り合いがついて、諸条件の合意ができたら、和解契約書(示談書)を締結することになります。

一方で、発信者は著作権侵害をしていないことを主張したい場合もあるでしょう。例えば、そもそも著作物のダウンロード(アップロード)をしていないにもかかわらず発信者情報開示請求をされたような場合です。そのような場合であっても、著作権者とISPに発信者情報開示請求訴訟といった手間をかけさせず、任意の情報開示をしたうえで著作権侵害を否認することが考えられます。

いずれにせよ、著作権者は発信者情報開示請求訴訟等の手間が省けますので、訴訟が提起された場合と比較すれば、示談の交渉が円滑に進むことも期待されます

発信者が個人情報の開示に同意しなかった場合

発信者は、発信者情報開示請求に対し、個人情報の開示を拒否する選択肢もあります。この場合、著作権者は、発信者情報開示請求訴訟を提起して発信者の個人情報を開示させるか、追求を断念するかの選択を迫られます。

不同意によるメリットとデメリット

発信者情報開示請求に対して不同意とするメリットはどのようなものがあり得るでしょうか。

発信者情報開示に不同意とすることで、著作権者が発信者の特定をするためには、発信者情報開示請求訴訟による必要があります。著作権者がそこで追求を断念する可能性も皆無ではありません。

他方でデメリットにはどのようなものがあり得るでしょうか。

著作権者は、発信者の特定をするために発信者情報開示請求訴訟という余計な手間をかける必要が生じます。これによって、発信者が情報開示に同意している場合よりも余計な費用と手間がかかりますので、後の示談交渉などに不利に働く可能性は否定できません。また、発信者情報開示請求訴訟の弁護士費用を、著作権侵害による損害に含めることができるとした裁判例もあります。

よって、デメリットとしては、後に示談をしようにもまとまらなかったり、まとまったとしても損害賠償額が高額になる可能性が考えられます。

専門家に相談しましょう

このように、発信者情報開示請求をされた場合には、状況に応じて、発信者情報開示請求に同意するか、示談交渉を行うかの判断をする必要があります。また、示談の場合には相手方と交渉する必要も生じます。

したがって、発信者情報開示請求をされた場合には、早めに専門家に相談することをお勧めします。発信者の様々な事情や状況を考慮して、最適な対策を講じることが可能となり、また、損害賠償金の減額交渉にも強い味方となるでしょう。