特許権侵害検討の流れ
特許侵害が疑われる製品やサービスが発見された場合、以下のような流れで検討します。
(2)特許請求の範囲の分説
(5)均等侵害の検討
その1 第1要件
その2 第2~第4要件
その3 第5要件
(6)無効理由の存否の検討
前回「(5)均等侵害の検討 その2」に引き続き、今回も「(5)均等侵害の検討」について説明します。
第5要件:対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと
ボールスプライン軸受事件最高裁判決は、以下のように述べ、均等の第5要件について判示しました。
特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されない
最高裁も言及している「禁反言の法理」とは、文言侵害でのクレーム解釈論でも出てきたものと同じです。ただ、クレーム解釈における禁反言の法理は、クレームの文言を充足している場合に、さらに限定的に解釈するときに用いられるのに対し、均等論における第5要件は、クレームを充足していない場合に、さらに侵害成立の範囲を広げるのを認めないときに用いられます。
特許の出願過程において、拒絶理由を解消するために被疑侵害製品の構成を除外する減縮補正をしていたときなどはこの要件を充足しないことになります。
例えば、出願当初は「不織布に乾燥剤を付着させた保護シート」という構成要件だった発明に対し、特許庁から新規性や進歩性違反による拒絶理由が通知され、これを回避するために「不織布の表面に乾燥剤を付着させた保護シート」へ補正したとします。
この場合、特許出願人が、特許発明の構成要件に不織布の表面以外に乾燥剤を付着させたものを含むと特許とならないから、そのように減縮補正したことは明らかです。よって、不織布の表面以外に乾燥剤を付着させたものは、「出願人が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認した」といえることになります。
最高裁が例示した減縮補正以外に、第5要件の「特段の事情」にあたるものにはどんなものがあるでしょうか。
特殊な例ですが、クレームの文言について、出願人の意図とは異なる技術用語が誤記により記載されていたという事情を、「特段の事情」にあたるとした裁判例があります。
これは実用新案の事件でしたが、誤記によって技術的に意味が全く違ったものになっていたクレーム文言を前提としたうえで、均等論が主張されました。これについて、裁判所は、次のように述べて、均等侵害を否定しました。
(出願人の)内心の意思にかかわらず外形的にそのように解されるような行動をとった場合においても、実用新案権者が後にこれと反する主張をすることが許されない趣旨というべきである。
それでは、当業者であれば出願当初からクレームに記載することができた技術をあえて記載していない場合は、「特段の事情」にあたるといえるでしょうか。「出願当時、書こうと思えば書けたのに書いてないんだから、それはあえてクレームから除外する意図だったよね!」と言いたい気持ちも分からなくもありません。
この問題に関し、マキサカルシトール事件最高裁判決(最判平成29年3月24日判時2349号76頁)は以下のように判示しました。
出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
もっとも、…(中略)…出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
要するに、特許発明の出願時に、特許発明とは異なる構成についても容易に想到できたのに特許請求の範囲に記載されていないとしても、それだけでは「特段の事情」にはあたらず、ただし、客観的・外形的にみて、その構成を置き換えられると分かっていながらあえて特許請求の範囲に記載しなかったことを表示していた場合には、「特段の事情」にあたることがあると判示しました。
「客観的・外形的にみて、その構成を置き換えられると分かっていながらあえて特許請求の範囲に記載しなかったことを表示していた場合」の具体的な例として、最高裁は、異なる構成と置き換えが可能なことを明細書等に記載することを挙げています。発明の詳細な説明において、被疑侵害製品と同様な構成を実施例として挙げておきながら、特許請求の範囲には記載していない、というような場合です。
マキサカルシトール事件最高裁判決は上記の例以外には言及していませんが、第5要件について最判と同旨の判示をしていた、原審である知財高裁大合議判決は、「出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているとき」も例として挙げています。
ただし、論文など、明細書とは異なる媒体における表示については、出願人が「意識的に除外した」と認定するには明細書と同様には考えられないのではないかといった見解(田中孝一「最高裁判所判例解説」69巻12号187頁)もあります。
均等侵害の主張立証責任
第1要件から第3要件までは均等を主張する特許権者側が、第4、5要件はそれを争う被疑侵害製品の製造販売側が主張立証責任を負うものと解するのが定説です。
均等侵害は、文言侵害が成立しないことを前提とするものですから、均等論の主張は特許権者からすると文言侵害が成立しないことを認めるかのような印象を与えることを理由に、予備的もしくは追加で主張することも多いです。
しかし、第一審における侵害の成否の心証開示後は、均等論を含む侵害に関する主張については、時機に後れた攻撃防御方法であるとして、主張の制限を受けること可能性が高いので、事案に即して、適切な時期に主張できるよう検討しておくことが重要です。
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