発明者の実務上の取扱

原則的に、特許要件を備える発明をした者は特許を受ける権利を原始取得します。ここで、原始取得とは、前主の権利に由来することなく、独立して権利を取得することをいいます(広辞苑第7版)。なお職務発明の場合は、職務発明規程などの定めにより、特許を受ける権利を会社等に原始取得させたり、発明者が原始取得した特許を受ける権利を会社に譲渡(事前承継)することができます。

しかし、特許法はどのような者が発明者になれるのか(発明者性)について詳細な規定を置いていません。よって、発明者の認定は解釈に任せられています。

また、職務発明が発明の大半を占める日本の実務では、願書に記載する発明者についてあまり厳格な検討をすることなく、上長や発明に関与した者をとりあえず列記することもあるようです。さらに、特許庁では願書に記載されている発明者について、真の発明者なのか否かを特に審査するわけでもありません。

このような実務慣行から、特許発明の発明者をめぐる争いは枚挙に暇がありません。

発明者の判断基準

発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいいます(特許法2条1項)。よって、発明者とは「自然法則を利用した技術的思想」を「創作した者」ということになります。

裁判例では、発明の特徴的部分を着想した者これを具体化することに現実に加担した者を発明者と認定するものが散見されます。一方で、単なる補助者、助言者、資金提供者、命令を下した者は発明者にならないとされています。

オプジーボ特許の発明者は誰か
知高判令和3年3月17日・令和2(ネ)第10052号

ノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑博士が中心となって発明され、本庶博士と小野薬品工業株式会社が特許権を共有するオプジーボ(一般名:ニボルマブ・Nivolumab)に関する一連の特許に関し、様々な紛争が起きているようです。

報道によれば、米国の発明者2名を共同発明者として加える旨、米国連邦地裁の判決が下されたり、本庶博士が特許権者である小野薬品工業株式会社に対し対価が安すぎるとして訴訟提起をしたりしています。

米連邦地方裁判所が米国の2人の研究者を、本庶佑・京都大学特別教授と小野薬品工業が持つがん免疫治療法に関する特許の共同発明者と認める判断を示した。先端分野で国際共同研究は不可欠だが、優れた成果をあげてもひと安心とはいかない。いつ特許係争に巻き込まれるかわからない厳しさが浮き彫りになった。「オプジーボ」特許、米地裁が「新発明者」: 日本経済新聞

2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大の本庶佑特別教授は19日、がん免疫薬「オプジーボ」の特許に関する対価を巡り、小野薬品工業に約226億円の分配金などの支払いを求めて大阪地裁に提訴した。本庶氏は同社と共同で特許を取得していた。本庶氏、226億円求め小野薬品を提訴 オプジーボ巡り: 日本経済新聞

上記の訴訟に加えて、先日、オプジーボの発明者に関する新たな知財高裁判決(知高判令和3年3月17日・令和2(ネ)第10052号、原審東地判平成29年(ワ)第27378号)がありましたので、ご紹介します。

事案の概要

本件は、大学院の修士課程に在籍していた原告(控訴人)が、オプジーボに関する特許第5885764号に係る発明は、原告が同大学院在籍中に行った実験結果やその分析から得られた知見をまとめた論文(PNAS論文)に基づくものであり、原告は共同発明者の一人であるとして、被告(被控訴人)である特許権者に対し本件特許権の持分の移転登録などを求めた事件の控訴審です。

発明者とは

本件で知財高裁は、発明者について次のとおり一般論を述べています。

「特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり、その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められないときは、発明者に該当するものということはできない。」知高判令和3年3月17日

この判示からすると、発明者の認定基準は次のようなものになりそうです。

発明者の認定基準
  • 特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想した者
  • 上記着想を具体化することに創作的に関与した者
※ ただし、具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められないときは、発明者に該当しない

発明者は誰か

裁判所は、控訴人が、特許明細書の実施例1に係る「2C細胞とP815細胞を用いた実験」を行うことを提案した事実を認定しました。しかし、控訴人がどのような実験を実施するかというアイデアや、実験後の展望を有していなかったことを理由に、上記組合せ実験の策定又は構築について創作的に関与したものと評価することはできない、としました。

すなわち、裁判所は、具体的構想・展望を欠く実験の提案をしたのみでは、創作に関与したとはいえないとしています。

「ヒトγδ型T細胞及びマウスNK細胞に関する実験に行き詰っていた控訴人は、A教授又はD助手の指導、助言に基づかずに、2C細胞にPD-1分子が発現していることを確認する実験を行い、同日のグループミーティングにおいて、2C細胞にPD-1が発現したことを報告し、2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したものと認めるのが相当」

「控訴人は、2C細胞とP815細胞を使用してどのような実験を実施するかというアイデアや、2C細胞とP815細胞の組合せ実験の後の展望を有していなかったものと認められるから、控訴人が2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したことは、本件明細書等の実施例1に係る2C細胞とP815細胞の組合せ実験の出発点となったものと認められるが、そのことのみから、控訴人が上記組合せ実験の策定又は構築について創作的に関与したものと評価することはできない。」知高判令和3年3月17日

さらに控訴人は大要、次のような主張もしています。

控訴人主張
  • 本件発明の特徴的部分は、公知の課題について具体的な具体的な免疫細胞と標的となるがん細胞を用いて実証をした点にある
  • 控訴人は主要な実験のほぼ全てを単独で行い、貢献度が大きい
  • 控訴人が本件発明と同内容のPNAS論文の筆頭著者(共同第一著者)であること等からすると、控訴人は、本件発明の具体化に創作的に関与している

これらの主張について、裁判所は次のとおり判断しています。

裁判所の判断
  • 控訴人が公知と主張する部分は公知とはいえず、むしろこれについて着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与した者が発明者といえるが、控訴人はこれに関与していない
  • 個々の実験における試行錯誤は、標準的な実験の手順の範囲内の実験手技上の工夫にすぎないことに鑑みると、控訴人が本件発明を構成する個々の実験を実際に行ったことは、本件発明の技術的思想の関係において、創作的な関与には当たらない
  • PNAS論文の研究内容は、本件発明の内容と必ずしも同一であるということはできず、控訴人がPNAS論文に共同第一著者として記載されていることから直ちに本件発明の発明者に該当するものと認めることはできない

そして、裁判所は次のとおり判示し、原告の共同発明者性を否定しました。

裁判所の判断
控訴人はA教授の指導、助言を受けながら、自らの研究として本件発明を具体化する個々の実験を現実に行ったものと認められるから、A教授の単なる補助者にとどまるものとはいえないが、一方で、上記実験の遂行に係る控訴人の関与は、本件発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認めることはできないから、控訴人は、本件発明の発明者に該当するものと認めることはできない

すなわち、裁判所は、控訴人は自身で工夫して研究を行っていたのだから「単なる補助者」ではないにしても、「創作的な関与」をしたとまではいえないとして、上記の発明者認定基準の但し書きにあるように「具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められない」と判断しています。

笠原 基広