新規性喪失の例外とは
特許出願した発明が特許されるには、新規性(発明が新しいこと)、進歩性(公知発明に基づいて容易に発明できたものではないこと)、産業上利用可能性(発明が産業に利用できるものであること)をはじめとする様々な特許要件を満たす事が必要です。
発明が公に実施されたり、刊行物に記載されてしまうと、新規性を喪失してしまいますので、基本的には特許されなくなります。
発明が新規性を喪失するのは次のような場合です。
- 公然に知られた場合(公知)
- 公然に実施をされた場合(公用)
- 頒布された刊行物に記載されたり、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった場合(刊行物等記載)
公知・公用に至る例として、製品を上市して誰でも買える状態にした、展示会に出品して誰もが知りうる状態にした、学会で発表した(この場合レジュメなどに記載すると刊行物記載にも該当します)というような場合が挙げられます。
また、刊行物等記載に至る例としては、論文、新聞、雑誌等で発表した、ウェブサイトに記載した、というような場合が挙げられます。
そのため、商談等で特許出願前の技術を第三者に伝える場合には秘密保持契約を締結したりして、新規性を喪失しないようにすることが多いです。
しかし、論文発表は早いほうがいいですし、展示会も出品期限があります。発表までに特許出願が間に合わないような場合にはどうしたらよいでしょうか。論文等で発表する場合に急いで特許の仮出願(38条の2)をしておくというオプションもありますが、既に発表してしまった場合にはどうなるでしょうか。
また、守秘義務があるにもかかわらず従業員や取引先が守秘義務に違背して発表したり、公に実施した場合には特許されなくなってしまうのでしょうか。それはあまりにも特許を受ける権利を有する者に酷な結果となってしまいます。
そこで、特許法は一定の要件を充足することを要件として、発明を公開したにもかかわらず、公開後に特許出願をした場合であっても、新規性を喪失しないものとして取り扱う規定を設けています(特許法30条)。いわゆる新規性喪失の例外規定です。
新規性喪失の例外規定には、2つの場面が想定されています。自らの行為に起因して公知にしてしまった場合(行為に起因する公知)と、公知にするつもりはなかったのに誰かに公知にされてしまった場合(意に反する公知)です。
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意に反する公知の場合
取引先が秘密保持契約を締結していたにもかかわらず、守秘義務に反して発明の実施品を発表した、販売した、というような場合や、従業員が守秘義務に反してインターネットに書き込んで公知になってしまったような場合には、特許を受ける権利を有する者の意に反して公知・公用・刊行物記載に至ったといえます。そのような場合、意に反する公知として新規性喪失例外規定の適用があります。
意に反する公知の場合に、新規性喪失の例外が適用される要件は次のとおりです。
- 特許を受ける権利を有する者の意に反して公知・公用・刊行物等記載に至ったこと
- 公知・公用・刊行物等記載に至った日から1年以内に特許出願がされたこと
行為に起因する公知の場合
特許出願前に、特許を受ける権利を有する者が自ら学会や論文で発表した場合や、展示会に出品してしまった場合が挙げられます。自身の行為に起因しているため、意に反する公知より新規性喪失の例外となる要件が厳しくなっています。
- 公知・公用・刊行物等記載に至った日から1年以内に特許出願がされたこと
- 新規性喪失の例外規定の適用を受ける旨を記載した書面を特許出願と同時に提出すること
- 公知・公用・刊行物等記載に至った発明が新規性喪失の例外規定の適用を受けることができる発明であることを証明する書面(証明書)を、特許出願から30日以内に提出すること
特許出願時の「新規性喪失の例外規定の適用を受ける旨を記載した書面」は、特許願の特記事項としてその旨を記載すればよいので、個別に書面をだすことはほとんどありません。ただし、特許出願時に記載することが必要で、出願後に補正等でその旨の記載を追加することはできませんので、要注意です。
また、自身が出願した特許出願の公開公報への記載についても、本規定の適用はありませんので、ご注意ください。
さらに、複数の行為によって公知・公用・刊行物等記載に至った場合には、それぞれの行為を証明書に記載する必要があります。
詳細な記載要領などは、特許庁のウェブサイトに「平成30年改正法対応・発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための出願人の手引き」が公開されていますので、参考になさってください。
新規性喪失の例外の効果
特許出願に記載された発明に新規性喪失の例外が適用されると、公知・公用・刊行物等記載に至った発明との関係で、新規性を喪失していなかったことになります。ただし、出願日が遡及するわけではありませんので、問題となる公知・公用・刊行物等記載の後、出願の前に第三者が同一の発明について発表などをして、公知に至った場合には、普通に公知発明となってしまい救済されませんのでご注意ください。
また、公知・公用・刊行物等記載に至った発明に基づいて当業者が容易に発明をできる場合には特許されません。しかし、新規性喪失の例外の適用があった場合には、権利者の意に反して、または、権利者の行為に起因して公知・公用・刊行物等記載に至った発明に基づいて当業者が容易に発明をできる場合であっても、公知・公用・刊行物等記載に至っていないものとされますので、他の特許要件を充足すれば特許可能となります。
- 新規性判断の際、公知・公用・刊行物等記載に至らなかったとされる
- 進歩性判断の際に、公知例として引用されなくなる
- 出願日が遡及するわけではないので、第三者の公知例に対する効果はない
ドラム式洗濯用使い捨てフィルタ事件(大地判平成29年4月20日・平成28年(ワ)第298号他)
新規性喪失の例外規定の適用が問題となった裁判例を紹介します。
本件は、発明の名称を「ドラム式洗濯機用使い捨てフィルタ」とする特許権を保有し、このフィルタを製造販売する原告が、同様のドラム式洗濯機用使い捨てフィルタを製造販売等する被告に対し、特許権侵害を理由として製造販売等の差止め、損害賠償等を請求した事件です。なお、本件では不正競争防止法に基づく請求もされていますが、本稿では割愛します。
被告は、本件発明の実施品である原告製品が、出願日前に生協(Q2コープ連合、以下Q2)のチラシに掲載され、また、被告が現実に購入したから、出願日前に公然実施されており、本件特許発明は新規性がなく無効である旨の主張をしています。
これに対し、原告は、被告主張の公然実施は新規性喪失の例外に該当する旨の主張をしましたが、新規性喪失の例外の規定を受けることができる発明であることを証明する証明書には、Q1生活協同組合(以下Q1)における公然実施の事実が記載されているのみで、Q2における公然実施の事実が記載されていなかったようです。これについて原告は、Q2における公然実施についても、Q1におけるそれと「実質的に同一の原告製品についての、日本生活協同組合連合会の傘下の生活協同組合を通しての一連の販売行為であるから、新規性喪失の例外規定の適用を受けるために手続を行った販売行為と実質的に同一の範疇にある密接に関連するものであり、原告が提出した上記証明書により要件を満たす」と主張しました。
- Q2における公然実施の事実は、証明書に記載されているQ1における公然実施の事実と「同一の範疇にある密接に関連するもの」である
- Q1における公然実施を記載した証明書によって、Q2における公然実施にも新規性喪失例外規定の適用がある
これについて、裁判所は次の理由により、特許に無効理由があるとしました。
まず、裁判所はQ2での公然実施の記載について(新規性喪失の例外の規定を受けることができる発明であることを証明する証明書は)「公開の事実として、平成26年6月2日、原告を公開者、Q1生活協同組合を販売した場所とし、原告が一般消費者にQ1生活協同組合のチラシ記載の「ドラム式洗濯機用使い捨てフィルタ(商品名:「ドラム式洗濯機の毛ゴミフィルター」)を販売した事実を記載しているだけであって、上記Q2コープ連合における販売の事実については記載されていないものである。」としました。
さらに、特許法30条2項が「新規性喪失の例外を認める手続として特に定められたものであることからすると、権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在するような場合には、本来、それぞれにつき同項の適用を受ける手続を行う必要があるが、手続を行った発明の公開行為と実質的に同一とみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合については、別個の手続を要することなく同項の適用を受けることができるものと解するのが相当である」と一般論を展開した上で、
「Q2コープ連合及びQ1生活協同組合は、いずれも日本生活協同組合連合会の傘下にあるが、それぞれ別個の法人格を有し、販売地域が異なっているばかりでなく、それぞれが異なる商品を取り扱っていることが認められる。すなわち、上記証明書に記載された原告のQ1生活協同組合における販売行為とQ2コープ連合における販売行為とは、実質的に同一の販売行為とみることができるような密接に関連するものであるということはでき」ないとして、新規性喪失の例外の適用を認めませんでした。
- Q1、Q2は別個の法人格、異なる販売地域、異なる商品の取り扱いをしているから、Q1における販売とQ2におけるそれは実質的に同一の販売行為とみることができるような密接に関連するものであるということはできない
- 新規性喪失の例外規定の適用は認められないから、本件特許は新規性を欠き無効事由がある
このように、複数の公然実施行為がある場合には、それぞれ証明書にしっかりと記載しておかないと、新規性喪失の例外規定の適用がされない場合がありますので、注意が必要です。
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