社長
社長
前に、特許権侵害の鑑定をしてもらいましたけど、相手方に鑑定書を否定されましてね。
弁護士
弁護士
えっ、そうなんですか?お役に立てずすみません。
社長
社長
いえ、そういうわけではなくて、こちら側の鑑定書は信用できないと言われたんですよ。
弁護士
弁護士
特許庁の判断なら信用されそうですね。特許庁に判定請求しましょうか!

判定制度

特許権、商標権、意匠権などの知的財産権を有していれば、他者が発明、商標、意匠の実施・使用等をするのを排除することができます。しかし、特許権、意匠権、商標権などの侵害・非侵害の判断は専門的な知識が必要です。そのため、弁理士や弁理士に見解を求めたり侵害鑑定を依頼したりして、侵害の有無を判断することになります。

でも、当事者が依頼した侵害鑑定書は中立性の観点からはちょっと説得力に欠けますよね。また、依頼する人の専門分野、経験、能力などで判断が違ってくるかもしれません。

そこで、法は特許庁が特許発明の範囲などについて、中立・公平な立場から公的な見解を表明する制度を用意しています。それが、判定制度です。

今回はマイナーな制度ともいわれている、この判定制度を取り上げてみました。

判定制度の対象となるのは、次のようなものです。

判定制度の対象
  • 特許発明や登録実用新案の技術的範囲
  • 登録意匠やこれに類似する意匠の範囲
  • 商標権の効力の範囲

例えば自分の特許権が侵害されたと(と思った)特許権者は、侵害をしていると思われる物や方法(イ号物品とか、イ号方法などとよばれます)が、特許権を本当に侵害しているか否か、特許庁に見解を求めることができます。一方で、特許権者から侵害警告を受けた者も、侵害警告の対象となったイ号物品などが特許権を侵害しているのかどうか、判定を求めることができます。

判定を請求された特許庁は、高度な専門性を有する審判官3名の合議体によってこれを判断します。

なお、判定制度の対象には、特許権などの有効・無効の判断は含まれていないので要注意です。

判定のメリット

判定制度には次のようなメリットがあるといわれています

メリット
  • 中立性・公平性・信頼性
  • 費用が安い
  • 相手方からの反論を考慮できる
  • 相手方を特定しない判定が可能

中立性・公平性・信頼性

判定制度は、特許発明の技術的範囲等についての特許庁の公的な見解の表明です。高度な専門性を有する特許庁の審判官3名により審理が行われるため、公平・中立であり信頼性が高いです。

もちろん、弁理士や弁護士が依頼に基づいて私的鑑定を行う場合も職業的良心に従い公平・中立な鑑定を行うはずです。しかし特許庁が行う判定は、そのような専門家が行う私的鑑定と比べても、公平性・中立性が仕組み的に担保されており、信頼性が高い権威ある判断が得られるといえます。

費用が安い

弁理士や弁護士の行う私的鑑定の費用は数十万円になります。例えば、平成15年度といささか古いデータではありますが、弁理士へのアンケート結果によると、書面鑑定費用の平均値は40万円前後です。これに比べると判定の費用(1件4万円)は安価といえます。ただし、代理人に判定請求の手続を依頼すると費用がかかりますので、あまり大きなメリットではないかもしれません。

平均値 最高値
特許 ¥406,938 ¥2,000,000
商標 ¥393,169 ¥700,000
意匠 ¥394,727 ¥700,000

相手方からの反論を考慮できる

私的鑑定と異なり、判定では相手方からの反論を求めることが可能です。

例えば、特許権者が、第三者が実施する技術について判定請求する場合には、その第三者を被請求人として答弁書の提出を求めることになります。また、自己が実施している技術について、特許権者を被請求人として判定請求する場合には、特許権者に答弁書の提出が求められます。

相手方の特定をしない判定請求も可能ですが、相手方を特定している場合には当事者対立構造となり相手方からの答弁書が提出されますので、相手方の反論を考慮した判定がされることになります。よって、特許権者や実施者が一方的に行う私的鑑定よりも精度の高い判断がされることになります。

相手方を特定しない判定も可能

特許権者が、実施者が不明であったり、これから実施しようとしている技術(仮想の製品など)について、判定を求める場合には、相手方を特定しないで行う事ができます。

判定のデメリット

他方で、判定には次のようなデメリットがあるといわれています。

デメリット
  • 法的拘束力がない
  • 時間がかかる
  • 権利の有効性について判断できない

法的拘束力がない

判定は一種の行政サービスであり、裁判所の判断を拘束しません。すなわち、判定で他社の製品が自社特許を侵害するとされた事に勢いづいて特許権侵害訴訟を起こしても、必ずしも侵害の判決となるわけではありません。

裁判例においても、当事者が判定の結果を考慮すべきと主張しているにもかかわらず、判定と異なる判断をしているものがあります(大高判R3年2月18日)。

大高判R3年2月18日
本件は、意匠に係る物品を「データ記憶機」とする意匠権を有する原告が、被告の製造販売するデータ記憶機の意匠がこれに類似するとして損害賠償、差止請求をした事件の控訴審です。

一審被告(控訴人)は、(判定手続において特許庁は)「被告意匠は本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しないと判定した。この判定の結果は本件訴訟においても十分に考慮されるべきである。」と主張しましたが、裁判所は(判定の)「理由及び結論は,既に検討してきた判断と異なるもので、上記判定の結果を考慮すべきであるとする控訴人の主張は採用することができない」と一蹴しています。

外部リンク

大高判R3年2月18日

時間がかかる

判定は最短で3か月程度かかり、特許訴訟よりは短期間で終わりますが、一般的な私的鑑定よりは時間がかかります。

無効性を審査できない

特許等の有効性については判定の対象とされていません。特許権侵害訴訟において、特許無効抗弁の奏功率が低くないことを考えると、別途無効審判も考慮する必要があります。

判定の利用実績

上記のようなデメリットのせいか、判定はあまりメジャーな手続きとはいえません。利用実績は以下のとおりですが、特許無効審判や商標取消審判と比較しても件数的には少ないです。

判定請求件数(2018年) 判定請求件数(2019年) 参考手続件数(2019年)
特許 25 21 113(無効審判)
商標 8 7 996(取消審判)
意匠 5 14 6(無効審判)

標準必須特許にかかる判定について

デジタル放送、携帯電話などの高度な技術については、各事業者がバラバラの技術を使っていると困ったことになります。例えば、地上波デジタル放送ひとつをとっても、規格に則り映像・音声が符号化され、電波が発信され、これを規格に応じて受信機が再生します。

現代では様々な技術について標準規格が定められています。そのような標準規格を定める団体は標準化団体といわれており、例えば日本の携帯電話の通信方式の標準規格策定は、一般社団法人電波産業会(ARIB)が行っています。

ところが、標準規格を策定したのはいいものの、その規格を実施するために必須の技術について特許が取得されて誰かが独占するような事態になると、標準規格の導入の妨げとなってしまいます。

そこで、標準化団体の多くは、団体に加入している特許権者に対し、標準必須特許の公平、合理的かつ非差別的な(Fair, Reasonable And Non-Discriminatory:FRAND )条件でのライセンス供与を義務付けています。しかし、標準必須特許は、特許権者が標準必須特許である旨を宣言することにより(宣言するだけで)認められるものであり、特許が本当に標準規格の実施に必須かどうかが標準化団体によって審査される訳ではありません。

標準必須特許のライセンスの際、その特許が本当に必須か否か(標準必須性)は重要になります。単に宣言されただけで本当は必須でない特許をライセンスしてもらう必要は無いからです。

そこで特許庁は判定制度を用い標準必須性の判断を示すため「標準必須性に係る判断のための判定の利用の手引き」を定め、運用しています。その専門的、技術的知見を生かした、公平・中立な立場からの見解を示すことによって、ライセンス交渉等の円滑化や紛争解決の迅速化を図ることを企図して制度が運用されているようです。

社長
社長
特許庁の公式判断なのに、拘束力がないんですね。
弁護士
弁護士
そのせいか、今ひとつ人気がないみたいです。標準化必須特許の判断では期待されているみたいですけど
笠原 基広