発明と発見
特許法では、特許の保護対象となる発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものと定義されています。
第二条
この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
一方、発見とは「まだ知られていなかったものを、はじめて見つけ出すこと。」(広辞苑第6版)をいい、創作の要素がありません。一般的には発明と発見は異なります。
それでは、カビやキノコから医薬の有効成分を抽出した場合や、人のDNAの塩基配列などを解明した場合、特許は取得できるでしょうか。これらはもともと存在するものがそのまま抽出されたものであったり、体内に存在するDNAの断片の塩基配列等を明らかにしたということですので、発明というより発見に近いと思われます。そのようは「発見」が特許法上の発明になるでしょうか。
発見した化学物質等の特許可能性については、これらが特許法上の発明成立性を充足するか否かがポイントとなります。
審査基準の記載
天然物から単離した化学物質等について、特許審査基準には次のように記載されています。
「発明」は、創作されたものでなければならないから、発明者が目的を意識して創作していない天然物(例:鉱石)、自然現象等の単なる発見は、「発明」に該当しない。しかし、天然物から人為的に単離した化学物質、微生物等は、創作されたものであり、「発明」に該当する。
(特許審査基準 第Ⅲ部第1章2.1.1.)
すなわち、自然界に既に存在する天然物は発明に該当しないが、これより単離した物質等は「創作」されたものとして発明成立性が認められます。
そもそも新規物質といっても物質そのものであり、ヒトが地球上に存在する物質を全て把握している訳ではありませんので、既存の物が新たに発見されたに過ぎないのか、新規に創造されたものかの区別をすることに、特許との関係ではあまり意味はありません。よって、発見された化学物質等であっても、発明成立性が認められる要件は創造された新規物質とかわりないといえます。
新規物質の発明の成立については単に単離するのみでは不十分であり、試験結果などから「有用性」を開示することも求められます。新規物質の有用性は物質の化学構造だけからは予測できず、試験をしてこれを示さなければ認識できないからです。DNAの塩基配列などを明らかにした場合にも、特定の機能があるという「有用性」を示すことによって発明成立性が認められます。
ただし、近年では、物質特許における「有用性」は「発明の成立性」というよりも「産業上利用性」の要件として捉えられることが多いです。また、特許されるためには、当然その他の特許要件も必要となってきます。
- 発見された新規物質等そのものは特許法上の発明になりうる。
- 特許法上の発明に該当するためには「有用性」が必要となる。
除草剤イミダゾール誘導体類事件(東高判H6年3月22日)
新規化学物質の発明成立性が問題となった裁判例をご紹介します。
原告は、ある化学物質を一般式で表し、除草剤としての有用性を見いだした旨を特許明細書に記載し、特許出願しました。原告は、化合物①ないし③に関する実施例を明細書に追加する補正をしたところ要旨変更にあたるとして補正却下の決定があり、これを不服として審判請求しましたが請求不成立の審決を受けてしまいました。そこで、原告は審決の取消しを求めて訴訟提起しました。
この事件で、裁判所は化学物質発明について、次の通り一般論を述べています。
「いわゆる化学物質発明は、新規で、有用、すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから、その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とするというべきである。」
「そして、化学物質発明の成立のために必要な有用性が認められるためには、用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用さが証明されることまでは必要としないが、一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところであり、このことは当裁判所に顕著な事実である。したがって、化学物質発明の有用性を知るには実際に試験することによりその有用性を証明するか、その試験結果から当業者にその有用性が認識できることを必要とする。」
そして、問題となった化合物①~③について「当初明細書において化合物①ないし③の除草活性があること、すなわちその有用性が開示されていたと認めることはできない」「化合物①ないし③の有用性は当初明細書において開示されていなかったというべきであるから、当初より化学物質発明として成立していたものとは認められない」として、請求を棄却しました。
本件で裁判所は化合物①~③が当初明細書に確認できることは認めたものの、その有用性の開示がなかったため発明成立性がなく、すなわち発明として当初明細書に開示されていたものではなかったとして、化合物①~③の実施例追加は要旨変更にあたると判断しました。
本件は上告されましたが、上告審でも「原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。」との決まり文句で控訴審判決が確定しています。
ピラゾール誘導体事件(東高判H15年1月29日)
本件は、上記裁判例と同一の原告が除草剤に関する物質特許出願の特許査定を受けたところ、無効審判において無効審決がされたので、その取消しを求めて訴訟提起したものです。
裁判所は、上記裁判例の判決を引用し、発明の「成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とするというべきである」としました。
その上で、明細書中で具体的な試験結果によって有用性が裏付けられているのは2つのみであることを指摘し、出願明細書に記載されていた多数の化合物の一部である基本骨格を共通にする化合物であっても、除草効果が確認されたもの、確認されなかったものが含まれていることを理由に「化学物質としての基本骨格を共通にするイミダゾール系化合物群の中でさえ、置換基の種類が異なるだけで、除草効果の有無に大きな違いが認められるのであるから、本件ピラゾール系化合物とは置換基の位置及び種類が異なるピラゾール系化合物の一部について除草効果が確認されていても、置換基の位置及び種類が異なれば当然に除草効果の有無に差異が生ずることが当業者に予測できる」としました。
そして、「本件ピラゾール系化合物の除草効果は、当業者において、現実に製造され有用性の確認された実施例や試験結果だけからは、化学物質発明として完成されたものと認めるに足りる有用性を理論上又は経験則上予測することができ」ないとして、本件の発明を未完成発明であるとしました。
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