ポイント

特許権侵害訴訟では、特許無効の抗弁がされる場合が多いです。統計によれば、判決で終了した事件における特許無効抗弁の奏功率は55%ですが、これは必ずしも半分以上の特許が無効になることを意味せず、実質的な無効抗弁の奏功率はこれよりも低いはずです。

1.特許無効の抗弁とは

特許権者は、特許発明を業として実施する権利を専有します(特許法68条)。特許権者の許諾無く特許発明を実施すると違法ですから、無断実施をした者、すなわち特許権の侵害者は実施行為の差止めや損害賠償請求をされることになってしまいます。

ところで、特許発明は特許庁で審査された上で特許要件を具備していると判断されたからこそ特許されるのにもかかわらず、後で審査過程ではみつからなかった無効理由が発見されることがあります。

特許に無効理由がある場合には、利害関係人は特許無効審判を請求することができます(123条)。特許無効審決が確定すると特許権ははじめから存在しなかったものとみなされます(125条)ので、例え特許権侵害訴訟で敗訴したとしても、特許無効審判で特許が無効になれば、特許権侵害は「なかったこと」になります。

しかし、特許無効審判によって特許を無効にしないと、無効理由があるにもかかわらず特許権を行使されてしまうのも迂遠な話です。そこで、平成12年の最高裁判決(キルビー事件)では、特許権侵害訴訟において特許無効の抗弁が認められ、これを受けて、平成16年の特許法改正によって、特許が特許無効審判で無効とされるべきものと認められる場合には、特許権の行使をすることができなくなりました(104条の3)。

2.特許無効抗弁の奏功率

今日では、特許権侵害訴訟において、特許無効の抗弁が提出されることは非常に多いです。

知財高裁がとりまとめた「特許権の侵害に関する訴訟における統計」によれば、東京地裁・大阪地裁において平成26年~令和2年になされた特許権侵害訴訟のうち、判決で終了した事件では、74%の事件で特許無効の抗弁が提出されています。

判決で終了した事件において、19%の事件で特許有効の判断がされ、15%の事件で特許無効の判断がされています。その余は、無効抗弁がされなかったか、構成要件非充足等で特許無効の抗弁について判断を要さなかった事案です。

このデータからは、特許無効抗弁が奏功する率は、55%であるといえそうです。半分以上の特許権が無効になるとすれば、かなりの高率です。

侵害訴訟における特許無効

平成26年~令和2年の判決で終了した特許権侵害訴訟において

  • 74%(604件中446件)の事件で無効主張がされた
  • 無効主張がされた事件(446件)のうち、46%(205件)の事件で特許無効について判断がされた
  • 無効主張について判断がされた事件(205件)のうち、55%(205件中112件)で無効の判断がされた
出典:特許権の侵害に関する訴訟における統計(知的財産高等裁判所)

3.特許権侵害訴訟は特許権者に不利?

上記の統計では、特許権侵害訴訟で無効抗弁が提出され、これに対する判断がされる場合、55%が無効となってしまっています。いったん特許になったにもかかわらず、半数以上が無効になるのであれば、特許権侵害訴訟を提起するのは躊躇してしまいます。

なぜ、特許無効と判断される率がこのように高いのでしょうか?

3.1 和解の場合も考慮するべき

上述の数字は判決で終了した事件に関するものです。和解で終了した事件は含まれません。和解終了事件にも、特許無効が争点となった事件は多いはずです。

特許権侵害訴訟が判決で終了する場合、認容判決(特許権者の勝訴)は30%、特許権者に不利な判決(請求棄却、債務不存在認容、却下)が70%を占めます。

一方で、和解で終了する場合は、79%が特許権者に有利な条項(差止め、金銭給付、その両方)を含み、その多くは特許権者側にとって、いわゆる勝訴的和解になっていると考えられます(いわゆる敗訴的和解の場合にも、金銭が支払われるケースもありますが、多くはないと思われます)。

出典:特許権の侵害に関する訴訟における統計(知的財産高等裁判所)

3.2 判決で終了する事件は特許権者敗訴が多い

特許権侵害訴訟においては、途中で特許権侵害の有無について裁判所の心証が開示されます。特許権非侵害の場合には損害論を審理しませんし、被告側には和解をするモチベーションは低いです(上訴を防ぎ事件を完全に終了させるため、少額の解決金で和解にする場合はありますが)。そうであれば、和解の79%が特許権者に有利な内容(勝訴的和解)であり、判決の70%が特許権者に不利な内容となっているのも理解できるところです。

よって、判決で終了する事件は特許権者の敗訴判決が多く、特許権者に有利、すなわち、特許権が無効ではなく、構成要件充足性も認められる場合には、相当部分が和解で終了することが、上記の統計から読み取れます。

3.3 必ずしも特許無効となる割合が高いわけではない

特許無効の心証が示された場合には和解で終了する事件が少なく、特許権者の敗訴判決となる場合が多いことと、特許有効の心証の場合には相当数が和解で終了していることを考えると、判決終了事件では特許無効抗弁の奏功率が高く、和解終了事件では特許無効抗弁奏功率は低いと考えられます。よって、特許無効が争点となった事件全体における無効抗弁奏功率が高いとまではいえません。

4.特許権の強化

それでも、特許権侵害訴訟で無効抗弁の奏功率はかなり高いといえます。特許庁で審査しているにもかかわらず、無効理由が見つかるのはおかしいとも思えます。

しかし、特許権侵害訴訟における被疑侵害者側は、特許を無効にさえできれば損害賠償金や製品差止めの費用が不要となりますので、多額の費用をかけて無効資料調査をすることができます。また被疑侵害者は、特許発明の技術分野におけるエキスパートですので、技術資料についても詳しいはずです費用・時間に制約の多い審査官の行う調査を、被疑侵害者の行う調査と比べるのは酷といえましょう。

他方で、特許無効抗弁の奏功率を考えると、特許権者は、事前に無効資料調査をして必要に応じて特許請求の範囲を訂正したり、可能なら分割出願をしたりして、特許権を強化しておくのが望ましいといえます。

笠原 基広