概要

ある発明についてすでに事業を行っていたり、事業の準備をしているような場合でも、後に他人が同一の発明について特許権を取得してしまうことがあります。そのような場合、特にライセンスを受けなくても「先使用権」といわれる通常実施権が認められることがあります。

1.先使用権とは

1.1 特許を取得されてしまうと、実施できなくなる

製品の製造・販売といった事業の準備をしていたとしても、当該製品に関して先に特許を取得されてしまうと、そのあとに製品の製造・販売などをすると特許権侵害になってしまいます。特許権者が「業として特許発明の実施をする権利を専有」しているからです(特許法68条)。

特許法

(特許権の効力)

第六十八条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

ただし「先使用権」が認められる場合、特許やライセンスを取得していなくてもその発明を事業に利用できる可能性があります。

どのような場合に先使用権が認められるのか、先使用権の及ぶ範囲などを把握しておきましょう。

この記事では特許の「先使用権」についてわかりやすく解説します。

1.2 先使用権とは

先使用権とは「他者がした特許出願の時点で、その特許出願に係る発明の実施である事業やその事業の準備をしていた者に認められる通常実施権」です。

一般的な「通常実施権」は特許権者からライセンス(実施許諾)を受けることで発生することが多い権利ですが、先使用権はライセンスを受けることなく一定の要件を満たすことで法律で認められる通常実施権です。

このような法律上認められる通常実施権は「法定実施権」といわれています。

特許法

(先使用による通常実施権)

第七十九条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

先に特許を取得されると、特許権者に無断でその発明を実施できなくなるのが原則です。日本の特許法では、原則として「先に出願した人」に優先して特許が認められるためです(先願主義)。

ただし特許出願前に事業の準備をしていたなどといった特別な事情があり「先使用権」が認められる場合、例外として発明を実施し続けられます。

それでは、どのような要件を満たせば先使用権が認められるでしょうか。

2.先使用権の成立要件

ある発明を特許の出願前から実施していたからといって、常に先使用権が認められるわけではありません。先使用権が認められるには、次の要件を満たす必要があります。

先使用権の成立要件
  • 特許出願にかかる発明の内容を知らずに自らその発明をし、または特許出願にかかる発明の内容を知らずに発明したものから知得したこと
  • その発明の実施である事業をしていた、あるいは事業の準備をしていたこと

2.1 特許出願にかかる発明の内容を知らずに自らその発明をし、または特許出願にかかる発明の内容を知らずに発明したものから知得した

先使用権が認められるには、特許出願にかかる発明の内容を知らずに、実施などをしていることが必要です。

特許出願される発明を知っていたにもかかわらず、それを実施していた場合には先使用権は認められません。あくまでも独自に発明されたものを実施することが必要です。

また独自に発明されていればよく、自分で発明したか他の発明者から知得したかは問われません。どちらのケースでも先使用権が認められる可能性があります。

2.2 その発明の実施である事業をしている、あるいは事業の準備をしている

先使用権が認められるには、特許出願時に日本国内でその発明を実施する事業を実施しているか、そのような事業の準備をしている必要があります。

「発明の実施」というためには、先使用権に関する発明が「完成」していなければなりません。未完成の状態では発明を実施しているとはいえず、先使用権が認められません。

2.2.1 発明が完成していたかどうかの判断基準

最高裁の判例によると、発明が完成していたかどうかについては、「当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されている」かどうか、という基準で判断されています。

発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもつて足りる

物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によつて示され、当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になつていれば、発明としては完成しているというべき

最小判 昭和61年10月3日・ 昭和61(オ)454「ウォーキングビーム式加熱炉事件」

2.2.2 事業の準備をしていたかどうかについての判断基準

事業の実施に至っていなくても「事業の準備」をしていれば先使用権が認められます。

上記のウォーキングビーム式加熱炉事件の最高裁判決では、事業の準備をしていたといえるには、「事業をすぐにでも実施する意図」をもっており、その「意図が客観的に表明」されていなければならないとされています。

事業の準備とは、まだ事業実施の段階には至らないものの、即時実施する意図を有しておりその実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味する

最小判 昭和61年10月3日・ 昭和61(オ)454「ウォーキングビーム式加熱炉事件」

上記の要件を満たす場合に先使用権が認められ、先使用権者は他者の特許権の存在にかかわらず他者の特許発明を無償で実施し、事業を継続できます。

3.先使用権に関する注意点

3.1 特許無効との関係

特許出願前に第三者が発明を「公然と」実施していた場合には、基本的には、その後同じ発明について特許出願をしても特許されることはありません(特許法29条1項2号)。よって、出願前に発明を公然と実施していたような場合には、特許無効と先使用権の両方の主張ができることになります。

ただし、発明を「公然と」実施していたかどうかについての立証が難しいような場合や、他人の権利といえども特許権を存続させてその保護下で発明を実施したい場合には、先使用権の主張を選択するという戦略があり得るでしょう。

3.2 先使用権の及ぶ範囲

先使用権が認められるとしても、その効力の及ぶ範囲は無制限ではありません。

先使用権は特許出願時に日本国内で「事業を実施している」「事業の実施の準備をしている」などの、特定の要件を満たす場合に法律上発生する権利です。この要件を満たさなくなると先使用権が及ばないことになります。通常の実施許諾によるライセンスの場合、ライセンス対象製品に限定がなければ実施態様を変更してもライセンスが及ぶことが多いのとは対照的です。

たとえば先使用権が認められた当時の製品仕様に変更を加えた場合、仕様変更後の製品には、先使用権が認められない可能性があります。

どの程度まで先使用権が認められるかについて、裁判例は、先使用権が認められる範囲は実施又は準備をしていた実施形式だけには限定されず、これに具現化された「発明と同一性を失わない範囲内」であれば認められるとしています。

ここにいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ

最小判 昭和61年10月3日・ 昭和61(オ)454「ウォーキングビーム式加熱炉事件」

なお、先使用権は日本国内にだけ通用するものであり、海外では効力が及びません。

日本では先使用権が認められて他人の特許にかかる発明を使用できたとしても、外国で同じ発明が特許を取得していれば、その国においては当該国の法律に従うことになります。

3.3 先使用権と立証

特許権侵害で訴えられたときに先使用権を主張する場合には、先使用権が認められる要件を満たしていることを立証しなければなりません。

証明のためには以下のような資料が必要です。

先使用権の立証
  • 特許の出願当時、その製品について事業を実施していたことを客観的に証明する資料
  • 特許の出願当時、その製品について事業の準備をしていたことを客観的に証明する資料
  • 製品が特許の権利範囲に含まれるものであることを証明する資料
  • 製品が特許とは無関係に、独自に発明した、あるいは発明者から知得したものであることを証明する資料

上記のような立証は簡単ではありません

先使用権を証明するには、日頃から資料作成や保管方法に慎重になる必要があるでしょう。

たとえば、製品の開発過程に関する資料や製品の事業化を決定した会議の議事録、仕様書や設計図面などについては、作成日や作成者を明記して作成し保管するようおすすめします。

公証制度やタイムスタンプの利用が役に立つケースもあります。公証役場でいわゆる「技術封印」をして確定日付を得て、特許権侵害に備えることも行われています。

なお、商標の先使用権については次の記事をご覧ください。

特許訴訟を起こされた場合、先使用権の抗弁を出して争えるケースがあります。立証のためには工夫が必要となるため、お早めに弁護士までご相談ください。

笠原 基広