【概要】先使用権について

自身が使用している商標(本稿では先使用商標といいます)に類似する商標を、他人に同一・類似の指定商品等で商標登録されてしまった場合、商標権侵害として商標の使用差止めや損害賠償の請求を受ける可能性があります。しかし、自身が長年使用している商標にもかかわらず、後から登録された商標に基づいて差し止められるのは、納得がいかない場合も多いでしょう。

他人の商標登録出願の際に現実に使用していた商標を、継続して使用しており、周知性、不正競争の目的がないことといった一定の要件を充たす場合には、商標の使用について「先使用権」が認められます。

すなわち、「先使用権」が認められるためには、他人の商標登録出願時に単に使用しているだけではなく、商標を使用した結果として周知に至っている必要があります

先使用権が認められると、先使用商標の使用を継続することが可能となります

詳細は以下をご覧下さい。

先使用権とは

先使用商標と同一・類似の他人の商標が登録された場合、当該商標の出願前から不正競争の目的でなく商標を使用しており、これが周知に至っている場合には、先使用権が認められ、継続して商標を使用することができます(商標法32条)。

先使用権が認められる要件は、次のとおりです。

先使用権の成立要件
  • 他人の商標登録出願前から日本国内においてその商標登録出願と同一・類似の指定商品・役務について、同一・類似の商標を使用していたこと
  • 不正競争の目的がないこと
  • その商標登録出願の際に、現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること(周知性)
  • 継続してその商品・役務について使用すること

日本国内で先使用していたこと

他人の商標出願前から、先使用商標を日本国内において使用していることが必要です。商標を海外で使用しているのみでは、先使用権は認められません。

例えば、海外で使用して著名になった商標に類似したものを、第三者が国内で勝手に商標登録出願したような場合であっても先使用権は認められず、この場合は悪意の商標登録出願の問題となります。

この「使用」とは、いわゆる商標法上の使用(2条3項)でなければなりません。屋号等で使用されていても、商標としての使用でなければ、先使用権は認められません。

不正競争の目的がないこと

相手方の商品役務との出所混同を招く意図をもって商標を使用している場合には、先使用権は認められません。

周知性について

他人の商標登録出願の際に商標を使用しているだけでは足りず、先使用商標が周知になっている必要があります。

周知性の判断基準時は他人の商標登録出願時です。よって、商標登録出願後に周知となった場合には、出願前から使用していても先使用権は認められません。

この周知性の程度については、実務上定まった基準があるものではなく、ケースバイケースで判断されているとしかいいようがありません。裁判例では、商品等の性質や取引の実情を考慮して、一定の地理的範囲で周知であることが要件とされているものが多いです。

例えば、飲食店や美容院のように需要者の地域性が強い役務では、全国的な周知性は必要ではないといわれています。

大地判令和3年4月26日・平成31(ワ)784

商標の周知性が問題となった最近の裁判例をご紹介します。

本件は、たこ焼きの製造販売等を営む原告らが、たこ焼き等の和風ファストフードの製造販売やたこ焼き専門店のフランチャイズを営む被告に対し、原告の商標権侵害を主張して、損害賠償等を請求した事案です。

先使用権の成否が争点の一つとなりました。

裁判所は先使用権の成立に必要な周知性の地理的範囲として、たこ焼きという商品が温かい状態で食べられるものであること、というような取引の実情を勘案して、被告店舗が多数存在する愛知県及びその近隣県の需要者に周知であることを要するとしました。

そして裁判所は、被告店舗数がそれほど多くはないこと、その多くは地域密着型のショッピングセンター内に設置されており、需要者は商品を買物のついでに購入することが多いことや、宣伝広告等の状況を考慮し、周知性を否定しました。裁判所がたこ焼き屋さんの業態や、チラシへの掲載などについて細かく事実認定をしていて興味深いですので、長めに引用します。

「需要者の間に広く認識されている」(商標法32条1項)といえるためには、全国的に知られている必要はないものの、商品又は役務の性質等を踏まえつつ、取引の実情を考慮して、一定の地理的範囲において広く知られているものといえることを要すると解される。本件においては、たこ焼きの需要者はたこ焼きを購入しようとする一般の消費者であると見られること、たこ焼きは、通常、加熱調理されて温かい状態で食べられる食品であることなどを考慮すると被告標章が「需要者の間に広く認識されている」といえるためには、被告店舗が多数存在する愛知県及びその近隣県の需要者の多くに認識されていることを要するといえる。(略)

被告店舗数は、それ自体をもって被告標章が需要者の多くに認識されていることを裏付けるに足りるほど多数であるとまではいえない。(略)

その来店客は、基本的にはスーパーマーケットを中心とする SC 内の他店での買い物を目的とする買い物客のうち、買い物の合間の食事や持ち帰りの軽食として手軽に食べられる飲食物を購入するために来店する者が多数を占め、被告店舗での購入を主要な目的として来店する者は必ずしも多くないものと推察される。さらに、被告店舗において、被告標章は来店客により容易に認識され得る態様で表示されているといえるものの、こうした来店客が被告標章に払う注意の程度は必ずしも高くないと思われる。(略)

また、上記出店態様等に鑑みると、出店先の SC がその商圏内で配布する広告宣伝用の折込チラシ等に被告店舗の広告も掲載される例が多いことが推察され、現にその例も認められるものの(前記(1)ウ(オ))、そのような折込チラシの性質上、被告の店舗に関する広告は、SC 内に出店する専門店の1つとして掲載されるにとどまり、その掲載スペースも大きくはないものと推察される。(略)

これらの事情を総合的に考慮すると、被告標章は、本件商標の登録出願の際、被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして、愛知県及びその隣接県の需要者の多くに認識されていた、すなわち「需要者の間に広く認識されて」いたとは認められない大地判令和3年4月26日・平成31(ワ)784

商標登録の必要性

業務を開始した段階では、周知に至るまで商標を使用するかはわかりません。しかし、商標をあるていど使い続けることがわかった時点で商標権を取得しておけば、上記裁判例のような事態にはならなかったと思われます。

長く使用することが予想される商標については、商標権を早めに取得するのが無難です。

笠原 基広