立体商標の類否判断について

立体商標とは、立体的な形状からなる商標のことです。平成8年商標法改正により、立体商標も商標登録が可能となりました。

一般的に立体は見る方向によって観察者が認識できる形状が異なります。例えば、以下のブリーフケースは商標登録できないようなありふれたものではありますが、見る方向によって外観が異なりますので、どの方向からの外観を対比するかで類否の判断も異なってくることがあり得ます。

よって、立体商標の類否判断には、平面商標とは異なる考慮が必要となってきます。

裁判例における立体商標の類否判断についてまとめると、今のところ次のいずれかを被疑侵害標章と対比する手法を採用しています。

立体商標の類否判断要素
  • 立体商標の所定方向の外観
  • 立体商標の構成要素・特徴

一般的な商標の類否判断手法

一般的に商標の類否は、外観観念称呼等を考慮し、その具体的な取引状況に基づいて総合的に判断されます(最小判昭和43年2月27日・昭和39(行ツ)110(しょうざん事件)最小判平成9年3月11日・ 平成6(オ)1102(小僧寿し事件))。

この類否判断の手法は、平面商標でも立体商標でも基本的には変わりないと思われます。

商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断する。

商標の外観、観念または称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず、従つて、右三点のうちその一において類似するものでも、他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によつて、なんら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては、これを類似商標と解すべきではない。

立体商標と平面商標の類否判断

立体商標は、見る方向によって看取できる形状が異なることから、外観の比較については別の考慮が必要となります。

商標登録段階における立体商標と平面商標の類否について、裁判所は、全体の形状のみならず、所定の方向から見たときの外観を類否判断に用い、このような所定方向が二つ以上ある場合には、いずれかが平面商標と類似していれば類似の関係があるとしています。一方で、普段見られることのない裏側などの方向からの外観は、類否判断の要素にならないとしています。

「所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似する場合には、原則として、当該立体商標と当該平面商標との間に外観類似の関係がある」

「所定方向が二方向以上ある場合には、いずれの所定方向から見たときの看者の視覚に映る姿にも、それぞれ独立に商品又は役務の出所識別機能が付与されていることになるから、いずれか一方向の所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似していればこのような外観類似の関係がある」

「およそ所定方向には当たらない方向から立体商標を見た場合に看者の視覚に映る姿は、このような外観類似に係る類否判断の要素とはならない」東高判平成13年1月31日・平成12(行ケ)234

所定方向の外観の対比による類否判断

このような立体商標と平面商標の類否判断の手法を、商標権侵害訴訟でも踏襲しているものがあります。

原告エルメスの高級バッグに立体商標に係る商標登録がされていたところ、被告が登録商標に類似するバッグを販売していると主張して販売の差止めを求めた事件では、裁判所は上記の規範を示した上で、まずバッグの正面部(蓋部、固定具が表示されている大きな台形状の面)を所定方向の一つと認定しました。

裁判例抜粋

原告標章、被告標章はいずれも、内部に物を収納し、ハンドルを持って携帯するハンドバックに係るものであるから、ハンドルを持って携帯した際の下部が底面となり、この台形状の底面の短辺と接続し、ハンドルが取り付けられていない縦長の二等辺三角形の形状を有する面が側面となることはそれぞれ明らかである。そして、その余の面のうち、蓋部、固定具が表示されている大きな台形状の面が正面部に該当し、かつこの正面部には、その対面側に相当する背面部とは異なり、装飾的要素をも備えた蓋部、ベルト、固定具が表示されており、ハンドルを持って携帯した際に携帯者側に向かって隠れる背面部とは異なって外部に向き、他者の注意を惹くものであるから、この正面部は、少なくとも所定方向の一つに該当するものと解される。東地判平成26年5月21日・平成25(ワ)31446

そして、原告標章と被告標章を対比して両者を類似として、よって原告商標と被告標章を類似と判断しました。

裁判例抜粋

この正面部から観察した場合、原告標章と被告標章とは、本体正面の形状において底辺がやや長い台形状であり、上部に、略凸状となるように両サイドに切り込みを有し、横方向に略三等分する位置に鍵穴状の縦方向の切込みを二箇所有する蓋部が表示されていること、(略)、前記正面側のハンドルは前記鍵穴状の切込みを通るように表示されていること、以上の点においていずれも共通しており、原告標章と被告標章とは、所定方向である正面から見たときに視覚に映る姿が、少なくとも近似しているというべきであり、両者は外観類似の関係にあるということができる。平成26年5月21日・平成25(ワ)31446

構成要素・特徴の対比による類否判断

他方で、登録された立体商標の構成要素・特徴を挙げ、これを被疑侵害物件が有しているか否かで類否を判断している裁判例もみられます。

原告がランプシェードを指定商品とする立体商標に係る商標権を有していたところ、被告がこれに類似する商品を販売していたとして差止め等を求めた事案では、裁判所は原告標章及び被告標章はどちらも原告の主張する構成要素➀~➄を有するとして、両者の同一性を認め、原告商標と被告標章の同一性を認めています。

裁判例抜粋

証拠(甲2の2~9、甲3、12)及び弁論の全趣旨によれば、原告標章及び被告標章は共に構成要素①ないし⑤(ただし、被告標章の構成要素④のシェードの直径は比が2.95:50:21:11である。)を有することが認められ、原告標章と被告標章はランプシェードの直径の比について若干の相違があるものの、標章全体を見た際に判別し得る相違点とはいえず、原告標章と被告標章の外観は同一であると認められる。また、原告商標及び被告標章はいずれも何らかの観念ないし称呼が生じるとはいえず、これらが相違するものともいえない。

(略)

以上によれば、原告商標と被告標章は同一であると認められる。東地判平成30年12月27日・平成29(ワ)22543

また、立体商標に係る登録商標を有する原告(被控訴人)エルメスが、被告(控訴人)の商品の形状が登録商標に類似していると主張して差止め等を求めた事件(上記事件とは別の事件です)及びその控訴審でも、原告商品目録記載の原告標章の特徴➀ないし➄を被告商品が有していることをもって、原告標章と被告商品の形状との類似性を認め、原告商標と被告商品の形状との類似性を認めています。

裁判例抜粋

被控訴人商標の特徴は、原判決別紙3原告商品目録記載の①ないし⑤のとおりであり(原判決第2の2⑶、原判決3頁23行目)、控訴人商品の形状は上記①ないし⑤の形態上の特徴の全ての点で被控訴人商標と一致している(原判決第2の2⑹、原判決5頁2行目ないし16行目)。また、被控訴人商標(原判決別紙1原告商標権目録、原判決別紙2原告標章)と控訴人商品(原判決別紙4被告商品目録、原判決別紙5被告商品写真)を比べると、両者は、各部材の寸法や形状に若干異なる部分がある程度の差異があるにとどまり、外観上の類似性を否定するような相違点があるとは認められない。そのため、被控訴人商標と控訴人商品の形状は外観上類似する。知高判令和2年12月17日・令和2(ネ)10040

立体商標の類否判断手法

以上のように、裁判例では、立体商標を所定方向から見た外観や、立体商標の特徴を捉え、これを被疑侵害標章と対比するという手法で、立体商標の類否判断をしています。所定方向の外観も立体商標の特徴的部分といえますので、結局は立体商標の特徴的部分を抽出し、これを被疑侵害標章と比較するという手法をとっているということもできそうです。

まだまだ裁判例が少ない分野ですが、裁判例の蓄積とともに、類否判断の手法が定まってくるものと思われます。

笠原 基広