商標権侵害の損害額について

商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有します(商標法25条)。よって、商標権者に無断で指定商品等について登録商標を使用すると、商標権を侵害します。

故意又は過失によって「他人の権利」を侵害すると不法行為が成立し、侵害者は損害を賠償する責任を負います(民法709条)。商標権もこの「他人の権利」に該当しますので、商標権を侵害された商標権者は、侵害者に対して損害の賠償を請求できます

しかし、商標権侵害に基づく損害を立証するのは困難です。

よって、商標法は損害の推定等についての規定をおき、次のような額を損害額とできる旨、規定します(商標法38条1~3項)。

損害の推定等
  • 譲渡等数量×商標権者の単位数量あたり利益額
  • 侵害者の利益額
  • ライセンス料(実施料)相当額

●損害立証の困難さ

不法行為によって生じた損害の算定については、不法行為がなかった場合の財産状態と、不法行為があった場合の財産状態を比較して、その差額が損害にあたる(差額説)とされています。

商標権侵害の場合には、商標権侵害がなかった場合の商品等の売上にかかる利益から、商標権侵害があった場合の利益を差し引くことになりますが、そもそも商標権侵害がなかった場合にどの程度商品が売れていたかを立証するのは、極めて困難です。

差額説

よって、商標法は損害額の算定についての規定をおき、その困難性を緩和しています。

●譲渡等数量×商標権者の単位数量あたり利益額

まず、商標権を侵害された商標権者等は、侵害者が譲渡した商品の数量に、商標権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額を乗じた額を、損害額とすることができます。
権利者利益

この額は、商標権者の使用の能力に応じた数量(使用相応数量)を超えることができません。使用相応数量を超える部分は、実施料相当額とすることができます。

また、侵害品の全部又一部の数量を商標権者が販売することができないという事情がある場合には、その数量は除かれます。

●侵害者の利益額

侵害者の利益の額を、商標権者の損害の額と推定することができます。

なお、ここでいう利益とは、粗利や経常利益等ではなく、製品を追加的に売り上げる際の売上から追加費用(変動費用)を除外した、いわゆる「限界利益」とされています。

●ライセンス料相当額

商標権者が受けるべきライセンス料相当額を、商標権者の損害額とすることができます。通常は、侵害品の売上額にライセンス料率を乗じた額となります。

●商標権者に損害が発生していない場合

商標権者の損害の額は上記のとおり算定できますが、侵害者は商標権者に損害が生じていないことを理由に、損害賠償を免れることができるでしょうか。

侵害者利益額等の場合

「譲渡等数量×商標権者の単位数量あたり利益額」又は「侵害者の利益」を損害とする規定は、損害額の算定方法を定めているにすぎませんので、商標権者に損害が発生していることまでを推定する規定ではありません。

よって、これらの場合には、商標権者は損害の発生を立証する必要があります。

例えば、商標権者と侵害者の商品・役務が競合関係にない場合には、侵害者の商標権侵害行為がなければ、商標権者が利益を得られたという関係にはありませんので、商標権者には損害(逸失利益)が発生しません。

ライセンス料相当額の場合

また、ライセンス料相当額についても、侵害者の標章の使用が売上に全く貢献していない場合には、商標権者の逸失利益としての実施料相当額の損害も生じないとされています(最小判平成9年3月11日・小僧寿し事件)。

しかし、損害の発生は一応の推定をされますので、商標権者が損害発生を立証する必要まではなく、標章の使用が売上に全く貢献していないことを侵害者が反証する必要があるといわれています。

損害賠償額の算定が問題となった最近の裁判例をご紹介します。

●東地判令和3年4月23日・平成30(ワ)16422等

本件は、自身が商標権を有するブランド豚「舞豚」について、長崎県でその生産、販売、しゃぶしゃぶ料理の提供をする原告が、「舞豚」を店名に付して東京都でしゃぶしゃぶ店を経営する被告に対し、商標権侵害を主張して、被告の利益相当額ライセンス料相当額を損害とする損害賠償請求等をした事件です。

まず、被告の利益相当額を損害とする原告の主張について、裁判所は、原告店舗と被告店舗の需要者が重ならないため両者は競合関係になく、原告には損害(逸失利益)が生じていないとして、被告利益相当額の損害を認めませんでした。

原告が本件商標1を用いて経営する原告店舗は長崎県島原市に所在しているところ、しゃぶしゃぶ料理の提供という原告の業務に係る顧客は、飲食店の一般的な顧客の範囲からすると、同市及びその周辺に在住の者であると推認され(略)

被告が経営していた本件店舗は東京都台東区に所在しており、本件店舗の業務に係る顧客は、東京都内及びその周辺に在住の者であると推認され(略)

原告店舗における事業との関係で被告による商標権侵害行為がなければ原告が利益を得られたといえるためには、それらが競合関係にある必要があると解されるところ、原告店舗及び本件店舗の事業の性質から、原告店舗に対する需要者と本件店舗に対する需要者とは重ならず、原告店舗と本件店舗が競合関係にあるとは認められない。東地判令和3年4月23日・平成30(ワ)16422等

他方で、ライセンス料相当額についても、被告は損害不発生の抗弁をしています。しかし裁判所は、被告の売上に対して標章の使用が貢献していたとして、損害発生を認めています。また、裁判所は舞豚に対し一定の評価が与えられていたことや、商標権侵害に至るまでの事情等を勘案して、平均より高い8%という実施料率を認めました。

被告は、店舗の名称や看板、メニュー表等に被告各使用標章を使用した一方、本件店舗において他に強く顧客を誘引する標章等が使用されていたものではない。被告各使用標章の使用が被告の売上げに貢献していたといえることは前記⑵のとおりであるから、被告が被告各使用標章を使用したことにより原告に使用料相当額の損害が生じないとは認められない。
東地判令和3年4月23日・平成30(ワ)16422等

笠原 基広