社長
社長
先日ライバル会社から届いた特許権侵害の警告状ですが、訴訟外の交渉が行き詰まってしまったようですね。
弁護士
弁護士
そうですね。こちら側は非侵害の主張をしていますが、残念ながら先方は納得してくれないようです。
社長
社長
う~ん、これ以上は水掛け論ですなぁ。かといって、相手方の主張をのんで製品を販売停止するわけにもいかないですし。困りました。
弁護士
弁護士
相手方が提訴してくることも視野に入れておくべきですね。
社長
社長
やむを得ませんね。特許訴訟は判決までどのぐらいの期間がかかるものなのですか?

1.特許訴訟の係属期間

特許権侵害を理由とする警告書などが送られてきた場合、これを契機として、特許権者と実施者との間で交渉をする場合があります(訴訟外交渉とか、任意交渉といわれます。)。

しかし、訴訟外の交渉ではどちらの言い分が正しいかを客観的に判断する判断権者がいません。最終的に主張が対立してしまいどちら側も歩み寄ることができなかった場合には、訴訟の場にて裁判所の判断をあおぎ、決着をつけざるを得ません。

それでは、一般的な特許訴訟において、訴訟提起から判決まで、どの程度の期間がかかるものなのでしょうか。

特許事件では、交渉にも長期間を要する場合が多いですから、最終決着がいつになるのか気になるところです。

裁判所の統計によれば、平成28年の知的財産権訴訟の平均審理期間(訴訟の受理日から終局日までの期間の平均値)は14か月とされています。一般的には、民事第一審訴訟全体の平均審理期間が8.6か月(過払金訴訟を除くと8.8か月)とされている一方で、専門訴訟である医事関係訴訟が24.2か月、建築瑕疵損害賠償訴訟が25.2か月となっていますので、知財訴訟は通常の民事訴訟よりは長くかかるが、専門訴訟のなかでは特別に長くかかるわけでない、といえます。

知的財産権訴訟が、専門訴訟のなかでも特段長期にわたるものではない理由として、まず、知的財産訴訟は主に専門部、すなわち東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の知的財産権専門部で審理され、徹底した計画審理の下で迅速解決が図られていること、及び、制度面及び運用面での工夫が計られていること、が挙げられます。

事件類型別の既済件数及び平均審理期間
事件類型別の既済件数及び平均審理期間

出典:地方裁判所における民事第一審訴訟事件の概況及び実情(最高裁判所ウェブサイト)

2.特許訴訟迅速化のための運用面の工夫

それでは、特許訴訟ではどのような運用上の工夫が施されているのでしょうか。

特許訴訟では、特許権の侵害の有無に関する「侵害論」と、損害額算定に関する「損害論」との二段階を区別し、裁判所が「侵害論」で侵害ありとの心証に至った場合のみ「損害論」の審理に入る、いわゆる二段階審理とする運用が一般化しています。

知財訴訟の流れ
知財訴訟の流れ

このような計画審理について、東京地裁と大阪地裁はそれぞれ、審理モデルをウェブサイトで公開しています。


もちろん、これらはあくまでも審理モデルにすぎませんので、事案によって係属期間の長短があるのは当然です。

特に、特許権侵害訴訟中で、被告側(特許権侵害行為をしたと主張されている側)から、侵害されたとする特許権がそもそも無効であるという主張(特許無効の抗弁といいます。)がされたり、原告側(特許権者側)から、特許請求の範囲の文言上は特許権侵害とはいえないとしても、特許発明の技術的範囲を拡張解釈すれば侵害になる、というような主張(均等論といいます。)がされるような場合は、審理が複雑化することになります。

さらに、技術的に難しい事案の場合や、損害の立証が複雑な場合などにも、審理が長引くことになりがちです。

3.制度面での工夫

上記のような運用上のものだけではなく、制度上も審理期間を短くする工夫がなされています。

平成23年に特許法が改正され、侵害訴訟に関する判決確定後に、その結論と抵触する形で、特許権が無効である旨の審決あるいは訂正審決が確定したとして、それを再審事由として主張することはできなくなりました(特許法104条の4)。

従来は、例えば特許権侵害訴訟中で特許が有効と判断され(特許無効の抗弁が排斥され)侵害判決がでた後に、特許無効審判で特許権が無効になってしまうと、特許無効の効果としてその特許権は出願時よりなかったものとされますから、侵害訴訟にも再審事由が生じるとされていました。しかし、法改正により再審事由の主張はできなくなりましたので、裁判所は、再審によって侵害訴訟の結論が覆滅する危険のみを理由として無効審判の審決の帰趨を待つ必要がなくなりました。これによって、侵害訴訟の審理は迅速化したといえます。

条文を見る

特許法

(主張の制限)

第百四条の四 特許権若しくは専用実施権の侵害又は第六十五条第一項若しくは第百八十四条の十第一項に規定する補償金の支払の請求に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる決定又は審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え(当該訴訟を本案とする仮差押命令事件の債権者に対する損害賠償の請求を目的とする訴え並びに当該訴訟を本案とする仮処分命令事件の債権者に対する損害賠償及び不当利得返還の請求を目的とする訴えを含む。)において、当該決定又は審決が確定したことを主張することができない。

 当該特許を取り消すべき旨の決定又は無効にすべき旨の審決

 当該特許権の存続期間の延長登録を無効にすべき旨の審決

 当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の決定又は審決であつて政令で定めるもの

4.知的財産権訴訟のその他の特徴

また、知的財産権訴訟には、他の訴訟と若干異なる特徴があります。

知的財産権訴訟は他の民事訴訟と比較して、訴訟代理人が原告、被告双方について選任される比率が高く(知的財産権訴訟では78%であるのに対し、民事訴訟では43%)専門家による訴訟進行がされることが多いこと、また、争点整理手続の実施率が高いこと(知的財産権訴訟では81%であるのに対し、民事訴訟では40%)も知的財産権訴訟の特徴です。

さらに、知的財産権訴訟では殆どの立証が書証(書面による証拠)によって行われ人証調べ(いわゆる証人尋問です)の実施率が他の専門訴訟と比較しても低いこと(知的財産権訴訟では13%であるのに対し、建築関係訴訟では27%前後、医事関係訴訟では44%)も特徴として挙げられます。

このような特徴が、知的財産権訴訟の係属期間が著しく長くなることを抑制する方向にはたらいていると思われます。

5.知財訴訟が長期化した場合はどのぐらいになるのか

知的財産権訴訟の13%以上は係属期間が2~5年となっており、平成28年の時点で5年を超えて係属している事件はないようです。

審理期間別の既済件数及び事件割合
審理期間別の既済件数及び事件割合

出典:地方裁判所における民事第一審訴訟事件の概況及び実情(最高裁判所ウェブサイト)

ここまでは、第一審段階での係属期間を話題にしてきました。しかし、第一審で満足できなかった当事者は高等裁判所(知的財産権事件の場合、多くは知的財産高等裁判所になります)に上訴することができます。その場合、最終決着までさらに時間がかかることはいうまでもありません。

社長
社長
なるほど。特許訴訟といえども、統計上は大体14か月ぐらいで完了するのですね。
弁護士
弁護士
こちらが被告で、非侵害で請求棄却判決になる場合にはさらに短くなることが多いです。
社長
社長
いや~、そもそも訴訟にはならないほうがいいですけどね。
笠原 基広