判決の既判力とは
民事訴訟でいったん判決が確定すると、その判決には「既判力」が生じます(民事訴訟法114条1項)。既判力とは、終局判決において判断された事項についての、当事者及び裁判所に対する拘束力のことです。要するに、いったん判決が確定した場合、同一の訴訟物・当事者について裁判所はその判決主文に含まれる判断と異なる判断をすることができません。
特許権侵害訴訟も民事訴訟ですので、確定判決には既判力が生じます。たとえば、判決が確定している前訴の原告が、前訴と同じ被告に対し、同じ製品を対象として、同じ特許権の同じ請求項に基づいて、特許権侵害に基づく販売差し止め訴訟を再び提起した場合は、前訴の既判力が及び、控訴裁判所は前訴と矛盾抵触する判断ができず、原告は前訴と矛盾抵触する主張を有効にすることができません。前訴で原告の請求が棄却されている場合には、後訴でも棄却されることになります。
特許権は、複数の請求項を含むことがありますが、特許権の効力は請求項毎に別個に生じますので、既判力の生じる客観的範囲は、同一の請求項、同一の対象製品についての実施行為になるという考え方と、既判力は請求項毎ではなく、特許権毎に生じるとする考え方があるようです。
それでは、前訴と後訴で、同一の特許権で、異なる請求項に基づき、同一の製品について差止等請求がされた場合には、前訴の既判力が及ぶでしょうか?
東地判令和2年11月25日・令和1(ワ)29883
事案の概要
本件は、本件特許権を有する原告が、被告製品の販売が特許権を侵害する旨を主張して、被告に対し販売差止等を求めた事件です。
本訴訟の前訴では、同一の製品に対し、本件特許権の請求項1に基づく請求がされ、請求棄却判決が確定しています。本訴訟では、本件特許権の請求項2に基づく差止等の請求がされました。よって、前訴と後訴では特許権侵害を主張する請求項が異なることになります。
なお、これ以外にも、前訴と後訴は、損害賠償請求期間や、当事者(原告会社代表の姪が専用実施権者として後訴の原告に追加された)の違いもあり、前訴の蒸し返しに関する判断もされていますが、本記事では、訴訟物同一の判断についてのみ取り上げます。
既判力の及ぶ範囲
裁判所は、①原告と被告については、当事者が一部を除き同一であり、いずれも本件特許権に基づく請求であり、差し止める製品も同一であること、②同一特許の請求項は発明の単一性を有しているから、各請求項も相互に技術的関係を有する単一の発明であるということができること、③本件特許の請求項2はもともと請求項1の従属項であったのを独立項に訂正したものであり、請求項1記載の発明の発明特定事項を全て含むこと、を理由として、前訴と本訴の差止等請求に係る訴訟物は同一であり、根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまると判示し、原告の差止請求を棄却しました。
裁判例抜粋をみる
前訴請求は、被告製品が請求項1に係る本件訂正発明1-1の技術的範囲に属することを前提とする請求であったのに対し、本訴請求は、被告製品が独立項である請求項2後段に係る本件訂正発明2の技術的範囲に属することを前提とする請求であるが、民事訴訟において、原告は訴訟物を特定する責任があり、それが被告に対し防御の目標を提示する手続保障の役割を果たすとともに、裁判所に対し審判の対象を提示する機能を有するところ、本件においては、①原告会社と被告Y1との間の前訴と本訴の差止等請求は、原告会社に関しては当事者が同一であり、いずれも本件特許権に基づく請求であって、差止めの対象となる製品も同一であること、②2以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができるものとされ(特許法37条)、これを受けた特許法施行規則25条の8第1項は、上記技術的関係とは、2以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう旨を定めていることによれば、本件特許の特許請求の範囲の各請求項も相互に技術的関係を有する単一の発明であるということができること、③本訴の前提とされている本件訂正発明2に係る請求項2は、もともとは請求項1の従属項であり、その後第一次訂正により独立項とされたものの、「噛合わせて係止」、「正しい噛合い位置」などの構成も含め、前訴控訴審時の審理対象であった本件訂正発明1-1の発明特定事項を全て含み、その権利範囲を限定するものであることなどの事情が認められ、これによれば、前訴と本訴の差止等請求に係る訴訟物は同一であり、根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまるものと解するのが相当である(知財高裁平成28年(ネ)第10103号同29年4月27日判決参照)。東地判令和2年11月25日・令和1(ワ)29883
本判決における訴訟物の判断
この判決では、前訴と後訴の訴訟物は同一と判断されましたが、訴訟物を特許権毎に判断したのか、本件の事情の下では訴訟物同一と判断したにすぎないのかは、判決文からはよくわかりません。理由①、②をみると特許権毎に判断したようにも思えますが、そうであれば理由③をわざわざ挙げる必要もありません。
この点について、本判決で引用された知高判平成29年4月27日・平28(ネ)10103号では「控訴人の被控訴人各製品が本件発明2の技術的範囲に属する旨の主張の追加は、新たな訴訟物を追加するものではなく、訴えの追加的変更には該当せず、請求原因として、新たな攻撃方法を追加するものと解される。」と判示されており、訴訟物は特許権単位で判断されているようです。
なお、本件は控訴され、知的財産高等裁判所でもこの判断が維持されています(知高判令和3年4月20日・令和2(ネ)10068)。控訴審では、上記の点について原審を引用したのみで、新たな言及はありませんでした。
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