ビットトレント(BitTorrent)などのファイル共有ソフト(P2Pソフト)を使って有名人の出演する動画作品を共有する行為が、出演者の「パブリシティ権」を侵害するとして発信者情報開示請求や損害賠償請求をされる事例が少なくありません。
芸能人やスポーツ選手などの有名人にはパブリシティ権が認められるケースが多いです。このパブリシティ権とはいったいどのような権利なのでしょうか?混同されがちな肖像権との違いなども押さえておきましょう。
今回は有名人に認められるパブリシティ権について弁護士が解説します。
ビットトレント(BitTorrent)を使って違法に動画をダウンロードしてしまい、パブリシティ権に基づく損害賠償請求の通知や発信者情報開示請求を受けた方などはぜひ参考にしてみてください。
- パブリシティ権とは、有名人の氏名や肖像などに認められる経済的な排他的権利です。
- もっぱら有名人の顧客吸引力を利用する目的で有名人の肖像などを利用すると、パブリシティ権侵害となる可能性があります。
- パブリシティ権は肖像権や著作権とは異なる権利です。
- ビットトレントの使用によってパブリシティ権を侵害したとして発信者情報開示請求をされることがあります。
1.パブリシティ権とは
パブリシティ権とは、有名人が自分の氏名や肖像などによる経済的な利益を排他的に得られる権利です。
有名人の氏名や画像を用いると、商品やサービスの販売促進にも使えますし画像を写真に加工して売ることも可能です。このように有名人の氏名や肖像には高い経済的価値が認められます。その価値を保護しようとするのがパブリシティ権です。
パブリシティ権は法律で明文によって定義されているわけではありません。実務上、裁判例の蓄積などによって認められるようになった権利といえます。
有名人本人はパブリシティ権により発生する経済的利益を自分で得ることもできますし、他人に貸し出して利益を得ることもできます。例えば、プロスポーツ選手が所属する団体は、各選手のパブリシティ権を管理し、これを利用して得た収入を選手に還元していたりします。
パブリシティ権は排他的な権利なので、第三者が本人の許可なく勝手に有名人の氏名や肖像などを用いてはなりません。勝手に使用すると、有名人に対するパブリシティ権侵害となってしまいます。
例えば、BitTorrent(ビットトレント)などのファイル共有ソフトウェア(P2Pソフトウェア)を用いて、俳優など有名人が出演している動画などをダウンロードすると、意図せずとも同時にこれをアップロードしてしまうことになり、出演者のパブリシティ権を侵害することがあります。
2.パブリシティ権侵害となる条件
2.1 最高裁の挙げたパブリシティ権侵害の要件
有名人のパブリシティ権を侵害すると、有名人本人や、そのパブリシティ権を管理する会社などから損害賠償請求される可能性があります。
では、実際にパブリシティ権侵害となるのはどういった場合なのでしょうか?
以下でパブリシティ権侵害の要件を確認しましょう。
最高裁は、過去の判例(ピンク・レディー事件)で、次の要件を挙げてパブリシティ権侵害の有無を判断するとしています(最高裁平成24年2月2日・平成21(受)2056)。
- 本人に無断で肖像などを利用している
- もっぱら肖像などの有する顧客吸引力の利用を目的としている
まず、「本人に無断で肖像などを利用している」ことが必要です。基本的に本人の許諾があれば問題はありません。
次に「もっぱら肖像などの有する顧客吸引力の利用を目的としている」ことが必要です。これは具体的にはどういうことでしょうか。
最高裁はピンク・レディー事件で、以下のような例を挙げています。
- 肖像など自体を独立して鑑賞の対象となる商品として使用する場合
- 商品の差別化を図る目的で肖像などを商品に付している場合
- 肖像を商品などの広告として使用する場合
「❶肖像それ自体が独立して鑑賞の対象となる商品」には、例えばブロマイド、グラビア写真集などがあります。
「❷商品の差別化を図る目的で肖像などを商品に付す」というのは、例えば、CDのジャケット等にミュージシャンの写真を印刷したり、有名人のファングッズに肖像を転写したりすることをいいます。
「❸肖像を商品などの広告として使用する場合」については説明の必要はないでしょう。
2.2 最高裁判例(ピンク・レディー事件)の概要
本件は有名な女性デュオ「ピンク・レディー」のメンバーが、出版社のパブリシティ権侵害による不法行為を主張して、損害賠償を請求した事件です。本件では、出版社が「ピンク・レディー」の振り付けを利用したダイエット法を解説する記事に無断で写真を使用していましたが、そのような行為がパブリシティ権侵害といえるかが争われました。
まず最高裁判所は、パブリシティ権を人格権に由来する権利の1つであるとして、パブリシティ権の意義・法的な性質を明らかにしました。そしてさらに、パブリシティ権侵害になる要件について判示しました。
人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される(中略)。そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。
(中略)
肖像等を無断で使用する行為は,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。
最高裁平成24年2月2日・平成21(受)2056(ピンク・レディー事件)
しかし、本件では、①記事の内容がダイエット法の解説などであり、「ピンク・レディー」そのものを紹介するものではないこと、②写真の量やサイズ、白黒写真であること、といった事情に照らして、写真は記事の内容を補足する目的であり、顧客吸引力の利用を目的としたものではないとして、「ピンク・レディー」の顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえないとしました。
前記事実関係によれば,本件記事の内容は,ピンク・レディーそのものを紹介するものではなく,前年秋頃に流行していたピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法につき,その効果を見出しに掲げ,イラストと文字によって,これを解説するとともに,子供の頃にピンク・レディーの曲の振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するというものである。そして,本件記事に使用された本件各写真は,約200頁の本件雑誌全体の3頁の中で使用されたにすぎない上,いずれも白黒写真であって,その大きさも,縦2.8㎝,横3.6㎝ないし縦8㎝,横10㎝程度のものであったというのである。これらの事情に照らせば,本件各写真は,上記振り付けを利用したダイエット法を解説し,これに付随して子供の頃に上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するなど,本件記事の内容を補足する目的で使用されたものというべきである。
最高裁平成24年2月2日・平成21(受)2056(ピンク・レディー事件)
したがって,被上告人が本件各写真を上告人らに無断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず,不法行為法上違法であるということはできない。
2.3 パブリシティ権侵害の具体例
最新の裁判例におけるパブリシティ権侵害の具体例をご紹介します。
本件は、実演家グループの写真などを、被告が運営するウェブサイト、ファンクラブウェブサイト及びファングッズに利用する行為について、パブリシティ権侵害を認定したケースです。なお、争点は多岐にわたりますが、以下ではパブリシティ権侵害のみ取り上げます。
裁判所は、実演家グループの肖像等をウェブサイトに掲載する行為については、そのウェブサイトがグッズ販売サイトやファンクラブサイトにファンを誘導してグッズの購入やファンクラブ加入を促す役割を果たすものであるから、その「肖像等の利用は、商品販売等の広告として使用するもの」(上記❸に相当)と認定しました。
また、写真が転写されたグッズを販売する行為が「肖像等を商品等の差別化を図る目的で利用している」(上記❷に相当)とし、さらに、ファンクラブサイトに肖像等を掲載することは「ファンクラブ会員に対する本件グループのメンバー及び活動内容等を紹介することを目的としてされる」ものであり「肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用するもの」(上記❶に相当)であることを認定しました。
これらの行為によって、裁判所はパブリシティ権侵害を認定しています。
本件被告サイトは、本件グループのメンバーや活動内容等を紹介することにとどまらず、その閲覧者を本件グッズ販売サイトや本件ファンクラブサイトに誘導して、グッズの購入及びファンクラブへの入会を促す役割も果たすものであるから(前提事実(3)ア)、本件被告サイトにおける原告らの肖像等の利用は、商品販売等の広告として使用するものというべきである。
また、被告が、本件グッズ販売サイトにおいて、原告らの肖像等が転写されたグッズを販売する行為は、原告らの肖像等を商品等の差別化を図る目的で利用しているといえる。
さらに、本件ファンクラブサイトに原告らの肖像等に係る写真及び画像等を掲載することは、会費を支払ったファンクラブ会員に対する本件グループのメンバー及び活動内容等を紹介することを目的としてされるものであるから、原告らの肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用するものというべきである。
したがって、原告らの肖像等を、原告らの承諾なく、本件利用行為により利用することは、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるから、原告らのパブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となる。
東京地裁判決令和5年1月20日・令和1(ワ)30204損害賠償請求事件
3.ビットトレント(BitTorrent)の利用はパブリシティ権を侵害するか
それでは、ビットトレント(BitTorrent)の利用でパブリシティ権侵害が発生するでしょうか。
パブリシティ権侵害が発生するのは、対象となる有名人などの顧客吸引力による経済的利益を侵害した場合です。よってビットトレント(BitTorrent)などで違法に動画を共有した場合にも、出演者のパブリシティ権侵害となる可能性があります。
パブリシティ権侵害の賠償額は莫大になるケースも少なくありません。
違法に動画を共有してしまって損害賠償請求されてしまったら、早めに弁護士などの専門家に相談しましょう。
4.パブリシティ権侵害が発生しなさそうなケース
以下のような場合、肖像等を利用していてもパブリシティ権侵害になりそうでも侵害にならない可能性が高いでしょう。
4.1 肖像等を報道に使用する場合
有名人の肖像等を報道に用いる場合です。報道する場合、有名人の肖像によって顧客を吸引するわけではないのでパブリシティ権は発生しないと考えられます。
4.2 肖像等を伝記などに使用する場合
有名人の肖像等を本人の伝記などの使用する場合にもパブリシティ権の侵害にはなりません。
有名人の伝記に関しては、伝記そのものに顧客吸引力が認められ、肖像等によって顧客を吸引するわけではないためです。
5.パブリシティ権と肖像権との違い
パブリシティ権をと肖像権はよく混同されます。間違えないように両者の違いを理解しておきましょう。
肖像権は「人が容ぼうを無断で公表や使用されない権利」です。自分の画像を勝手に撮影されたり投稿されたりしない権利といえるでしょう。
パブリシティ権も肖像権も、容姿などの肖像を保護するという点で共通した部分があります。ただパブリシティ権は経済的利益に着目しているのに対し、肖像権は「容ぼうを無断で公表・使用されない」人格的利益に着目した権利です。
そこで肖像権は一般的な個人にも認められますが、パブリシティ権は肖像に経済的価値のない一般の個人の肖像には認められません。
6.パブリシティ権と著作権との違い
パブリシティ権が著作権と混同されるケースもあります。
BitTorrentで違法に動画を共有して損害賠償請求されるとき、著作権を理由に追及される場合も少なくありません。しかし著作権とパブリシティ権は保護する対象が異なります。
著作権の場合、著作者が作り出した「創作物」を保護します。著作者は有名人でなくてもかまいませんし、著作物に経済的な価値がなくても保護対象になります。
一方、パブリシティ権の場合には有名人の肖像等が持つ経済的な価値を保護します。守られるのは有名人の利益であり、対象となる肖像には経済的価値が認められければなりません。
パブリシティ権を侵害すると高額な賠償金を請求される可能性があります。万が一、ビットトレントなどで権利侵害してしまった場合には、早めに弁護士に相談するようおすすめします。
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