日本では情報の盗用について窃盗罪は成立しませんが、秘密管理性、有用性及び非公知性を充足する営業秘密を不正に取得・開示・使用などすると、営業秘密侵害罪に問われる場合があります。
- 1.売上データ盗用の報道について
- 2.情報を盗んでも窃盗罪にはならない
- 3.営業秘密とは
- 4.営業秘密を侵害する行為とは
- 4.1 詐欺、管理侵害行為による取得(21条1項1号)
- 4.2 不正取得した情報を使用・開示する行為(2号)
- 4.3 営業秘密の領得行為(3号)
- 4.4 領得した営業秘密を任務に違背して使用・開示する行為(4号)
- 4.5 在職中の任務に違背する使用・開示行為(5号)
- 4.6 在職中に開示の申込みをし、又は、開示・使用の請託を受けて、退職後に営業秘密の使用・開示をする行為 (6号)
- 4.7 2号、4~6号の開示によって取得した営業秘密を使用・開示する行為(7号)
- 4.8 2号、4~7号の開示が介在したことを知って、営業秘密を取得し、それを使用・開示する行為(8号)
- 4.9 図利加害目的で、営業秘密の違法使用甲によって生産された物を、譲渡・輸出入する行為(9号)
- 5.営業秘密侵害罪の法定刑
- 6.報道されていた行為はどの類型か?
1.売上データ盗用の報道について
先日、回転ずしチェーン「かっぱ寿司」を展開するカッパ・クリエイト(株)が、その顧問かつて在籍していたライバル社の「はま寿司」の売り上げデータなどを元同僚から受け取ったとして、営業秘密侵害の疑いで捜索を受けたとの報道がありました。
回転ずしチェーン「かっぱ寿司」を展開するカッパ・クリエイト(横浜市)は5日、不正競争防止法違反容疑で先月28日に警視庁の捜索を受けたと発表した。
引用元 : 「かっぱ寿司」を警視庁が捜索…社長古巣の「はま寿司」から売り上げデータ入手か : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン
報道では窃盗などではなく「営業秘密侵害」の疑いとされています。それでは、営業秘密侵害とはどのような罪でしょうか?情報を盗んでも窃盗にはならないのでしょうか?
2.情報を盗んでも窃盗罪にはならない
日本の刑法では、他人の財物、例えばお金や宝石を盗むと、窃盗罪が成立します(刑法235条)。しかし、情報を盗んでも窃盗罪は成立しません。
窃盗罪は刑法235条に規定されています。
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
この他人の「財物」とは、実体のある有体物と電気に限られます。情報には財産的な価値はありますが、物ではないため「財物」とはいえません。
営業秘密を「盗んだ」といっても、何かかたちのある「財物」が窃取されているわけではありませんので、窃盗罪は成立しません。これが、メールで送られたのではなく、USBメモリーやCD-ROMに記録された情報がメディアごと盗まれたのであれば、メディアの窃盗罪が成立したかもしれません。
3.営業秘密とは
このように、日本の刑法では情報を盗んだ人を罰することはできません。しかし、ときに情報は大きな財産的価値を持つことがあり、これを保護する必要があります。
ここで情報には、企業の会計情報や顧客情報といった要保護性と価値の高い情報から、当職の今日の晩ご飯のおかずの種類というようなほぼ無価値な情報まで、様々な種類のものがあります。
そこで、一定の要件を充たす、要保護性の高い情報の一類型である「営業秘密」に限り、不正競争防止法によって保護されています。
3.1 営業秘密の3要件
不正競争防止法上の営業秘密として保護されるには、次の3つの要件を充足する情報であることを要します。
- 秘密管理性
- 有用性
- 非公知性
秘密管理性とは、その情報が「秘密として管理されていること」といいます。
有用性とは、その情報が「有用な営業上又は技術上の情報であること」をいいます。
非公知性とは、その情報が「公然と知られていないこと」をいいます。
これらの要件については、次の記事もご覧下さい。
4.営業秘密を侵害する行為とは
上記の3要件を備える情報は不正競争防止法上の「営業秘密」として保護の対象となります。
それでは、どのような行為をすれば、営業秘密を侵害するのでしょうか。
不正競争防止法は様々な類型の営業秘密侵害行為について、罰則を定めています(21条1項各号)
条文を見る(長いです)
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
五 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。次号において同じ。)又は従業者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した者(前号に掲げる者を除く。)
六 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員又は従業者であった者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いてその営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受けて、その営業秘密をその職を退いた後に使用し、又は開示した者(第四号に掲げる者を除く。)
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
八 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは第四号から前号までの罪又は第三項第二号の罪(第二号及び第四号から前号までの罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示が介在したことを知って営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
九 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、自己又は他人の第二号若しくは第四号から前号まで又は第三項第三号の罪に当たる行為(技術上の秘密を使用する行為に限る。以下この号及び次条第一項第二号において「違法使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供した者(当該物が違法使用行為により生じた物であることの情を知らないで譲り受け、当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供した者を除く。)
4.1 詐欺、管理侵害行為による取得(21条1項1号)
詐欺等行為や、管理侵害行為により営業秘密を取得する行為です。
詐欺等行為とは、人を欺いたり、暴行、脅迫をする行為をいいます。また、管理侵害行為とは、財物の窃取、施設への侵入、不正アクセスその他の保有者の管理を害する行為をいいます。
これらの行為が、不正の利益を得る目的、又は、情報の保有者に損害を与える目的(図利加害目的)でなされた場合に、不正取得罪が成立します。
4.2 不正取得した情報を使用・開示する行為(2号)
1号の行為で不正取得した営業秘密を、図利加害目的で使用したり、開示したりする行為です。
4.3 営業秘密の領得行為(3号)
営業秘密を保有者から示された者(例えば会社の情報に接した従業員)が、図利加害目的又は営業秘密の管理に係る任務に背き(以下、「任務に違背」といいます)、次のいずれかの方法で営業秘密を領得する行為です。
- 営業秘密記録媒体等又は営業秘密が化体された物件を横領すること(3号イ)
- 記録等の複製の作成(同ロ)
- 消去すべきものを消去せず、消去を仮装すること(同ハ)
営業秘密記録媒体等とは、営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいいます。具体的には営業秘密を格納したCD-ROMやUSBドライブ、書類などです。
記録媒体や書類を管理する任務、例えば、会社の業務として記録媒体の管理をすべきであったのにその義務に反して、これらを横領したり、複製したり、消去したと見せかけて消去しないことで、秘密情報を領得する行為です。
4.4 領得した営業秘密を任務に違背して使用・開示する行為(4号)
上記3号の行為によって領得した営業秘密を、図利加害目的で、任務に違背して、使用・開示する行為です。
会社の従業員が、勝手に会社の書類をコピーして、その書類を使用したり、誰かに開示したりするような場合が想定されます。
4.5 在職中の任務に違背する使用・開示行為(5号)
営業秘密を保有者から示された役員、従業者が、図利加害目的で、任務に違背して、営業秘密を使用・開示する行為です。ただし、4号の行為を除きます。
会社の役員、従業員は会社の秘密情報に触れることが多く、また、就業規則上の守秘義務を負っています。よって、営業秘密に触れた従業員が、図利加害目的でこれを開示・使用すると本号に該当することになります。
4.6 在職中に開示の申込みをし、又は、開示・使用の請託を受けて、退職後に営業秘密の使用・開示をする行為 (6号)
営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員又は従業者であった者であって、図利加害目的で、その在職中に、任務に違背して営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受けて、退職後に営業秘密を使用・開示する行為です。ただし、4号の行為を除きます。
4.7 2号、4~6号の開示によって取得した営業秘密を使用・開示する行為(7号)
次の開示行為によって取得した営業秘密を使用・開示する行為です。
- 不正取得した情報を開示する行為(2号)
- 領得した営業秘密を任務に違背して開示する行為(4号)
- 在職中の任務に違背する開示行為(5号)
- 在職中に開示の申込みをし、又は、開示の請託を受けて、退職後に営業秘密の開示をする行為 (6号)
4.8 2号、4~7号の開示が介在したことを知って、営業秘密を取得し、それを使用・開示する行為(8号)
2号、4~7号の開示が介在したことを知りながら、営業秘密を取得し、それを使用・開示する行為です。2号、4~7号で開示された者からさらに営業秘密を取得した者、すなわち3次以降の取得者を全て含みます。
4.9 図利加害目的で、営業秘密の違法使用甲によって生産された物を、譲渡・輸出入する行為(9号)
図利加害目的で、2号、4~8号の使用によって生産された物を、情を知って譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為です。
5.営業秘密侵害罪の法定刑
上記のような営業秘密侵害行為をした者は、10年以下の懲役若しくは2000万円以下の罰金に処され、又はこれが併科されます。
また、日本国外で使用する目的で1号、3号の行為をした者、日本国がで使用する目的を持つ相手方に、それを知って、2号、4~8号の行為をした者、日本国外で2号、4~8号の行為をした者は、10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金に処され、又はこれが併科されます。
3号を除き、未遂行為も処罰の対象となります(21条4項)。
6.報道されていた行為はどの類型か?
報道されていた情報を整理すると、A社にかつて在職し、現在はB社に在職中のX氏が、現職のY氏より、A社の営業秘密情報を取得した、ということになります。
まず、現職のY氏は、営業秘密を会社から示された従業者が、任務に違背して営業秘密を開示したといえそうですから、記録媒体の横領・複製・消去の偽装によって営業秘密を得ていた場合には4号に該当し、そうでなければ5号に該当することになります。ただし、図利加害目的が認められる必要があります。
A社の営業秘密をメールで受け取ったX氏は、受け取った営業秘密を使用したり開示したりすれば、7号に該当することになります。
さらに、B社がX氏より情を知りながら秘密情報を受領し、これをさらに使用・開示した場合には、8号に該当します。
今回は顧客情報のようですが、これが技術情報であり、B社が製品を生産し販売した場合には、9号に該当しそうです。
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