特許権を侵害すると損害賠償責任を負うことになります。それでは、現実に生じた損害を超えて、多額の損害賠償を命令されることがあるでしょうか?

海外には、特許権等を故意に侵害した場合に、現実の損害を超えた見せしめ的な損害賠償、いわゆる懲罰的損害賠償を認める国があります。

海外の外国判決は、一定の要件を備えていれば国内でも承認され効力を有します。知財訴訟も例外ではなく、特許権侵害等の不法行為に基づく損害賠償を命じる外国判決が一定の要件を充足すれば、これに基づいて国内での財産の差押え、換価といった強制執行が可能となります。

しかし、外国判決が懲罰的損害賠償を含む場合には、その部分については公序良俗に反するとして、国内では執行判決を得ることができません。

また、最近の最高裁判例で、海外で一部弁済された残額について国内で強制執行するとしても、海外で弁済した部分であっても懲罰的損害賠償部分には充当されないことが明らかになりました。

詳細は以下をご覧下さい。

懲罰的損害賠償について

海外には、特許権等を故意に侵害した場合には、現実の損害に追加して賠償を命じる懲罰的損害賠償が認められる国があります。例えば米国、韓国、台湾では、他人の特許権・営業秘密を故意に侵害した場合には、最大3倍までの損害賠償が認められます。また、中国でも同様の制度が導入されたようです。

一般的に、懲罰的損害賠償は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものです。

我が国において、特許権侵害のような不法行為訴訟における損害賠償は、権利を侵害された者が被った不利益を補填し、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とし、制裁・抑止機能は刑事罰、行政罰等に委ねられています。よって、損害賠償額は、原則的には実損害を基礎とする額に限られます。

損害額の立証を容易にするため、特許法等には損害の推定等を認める規定がおかれていますが、これも実損害以上の損害を認める趣旨ではありません。よって、わが国では、懲罰的損害賠償は法的根拠を欠き、認められません

海外判決の承認・執行

わが国では、次の様な一定の要件を備える外国判決は、特別の手続きを要せず承認されます(民事訴訟法118条)。

外国判決の承認
  • 確定判決であること
  • 管轄権を有すること
  • 適切な裁判の開始文書が敗訴被告に送達されたこと
  • 公序良俗に違反しないこと
  • 相互保証があること

わが国で損害賠償を命じる勝訴判決を得た原告は、判決が確定すれば、裁判所に民事執行手続きを申し立てることによって、被告の意思とは関係なくその財産を差押えた上でお金に換える(換価)などして、強制的に損害賠償金の支払いをさせることができます(強制執行手続)。

外国判決であっても、上記の要件を充足していれば、我が国での強制執行を許す旨を宣言する執行判決を得ることができます(民事執行法24条6項)。執行判決は、外国判決の当否を調査せずなされます(24条4項)。

懲罰的損害賠償分をわが国で執行できるか

わが国では懲罰的損害賠償請求が認められないのは、上に述べたとおりです。海外で懲罰的損害賠償を含む確定判決を経た場合であっても、我が国では公序良俗に反するとして承認されませんので、執行判決を得ることができません。

これについて(知財事件ではありませんが)最高裁は次のように述べています。

不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。

本件外国判決のうち、補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて、見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しないものとしなければならない。
最小判平成9年7月11日・ 平成5(オ)1762(萬世工業事件)

懲罰的損害賠償部分に対する海外での弁済は有効か
最小判令和3年5月25日・令和2(受)170

海外において、懲罰的損害賠償を含む判決が確定しその一部について弁済をした場合、日本で強制執行できる額はどうなるでしょうか。形式的には、懲罰的損害賠償制度のある国で適法に弁済をしていますので、弁済した額は懲罰的損害賠償部分に充当されてもおかしくないようにも思えます。

しかし最近の最高裁判例では、弁済額は懲罰的損害賠償部分には充当されないと判断されました。

一審原告(上告人)は、一審被告ら(被上告人)がビジネスモデル,企業秘密等を領得したなどと主張して,外国で損害賠償を求める訴えを提起し、18万5千ドル余りの損害賠償、9万ドルの懲罰的損害賠償及び利息の支払いを命じる判決を得て、これが確定しました。一審被告らは、海外で13万5千ドル弱を弁済しました。

一審原告は、残余について執行判決を求める訴えを我が国で提起し、原審では、弁済額を控除しても残余の損害賠償額は損害賠償額を超えないとして、14万ドル余りの部分について執行判決を求める請求が認容されました。

しかし、最高裁は次のとおり判示し、損害賠償分である18万5千ドル余りから、一部弁済分の13万5千ドル弱を控除した残りの5万ドル余りについて執行判決をするべきとしました。

 民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分(以下「懲罰的損害賠償部分」という。)が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合,その弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても,これが懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできないというべきである。
最小判令和3年5月25日・令和2(受)170

我が国の知財訴訟に懲罰的損害賠償を認めるべき?

米国、韓国、台湾、中国では既に懲罰的損害賠償制度を導入しており、EUは懲罰的損害賠償請求こそ認めませんが、侵害者の利益の吐き出しや、侵害額・逸失利益の柔軟な認定により、救済の強化が図られています。

我が国でも、知財訴訟に懲罰的損害賠償制度を導入することの是非が、国会等で検討されています。

我が国の知財訴訟は損害賠償額が低く、特許権取得・権利行使のモチベーションが得られにくいという意見や、特許権を侵害した者に、侵害によって得た利益を全て吐き出させることができず不当であるという意見も見られます。

我が国も諸外国に倣い、制度の見直しが必要な時期にあるのかもしれません。

笠原 基広