【概要】
最高裁判例によれば、登録商標を付した真正品の並行輸入について、形式的には商標権侵害にみえても次の3要件を充たす場合は実質的違法性を欠き、商標権侵害に当たらないとされています(フレッドペリー並行輸入事件)。
- (第1要件)商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたこと
- (第2要件)外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであること
- (第3要件)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行いうる立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないこと
フレッドペリー並行輸入事件の後も、3要件を検討して並行輸入の実質的違法性を争う裁判例が続いています。
令和3年5月19日、知財高裁は並行輸入が問題となった事件において、フレッドペリー事件の3要件を検討し、被控訴人(原審被告)の並行輸入には実質的違法性がないとの判断をしました。
本件はフレッドペリー事件と異なり、次の事情がありました。
- 原審被告は、商標権者側との代理店契約を解除した後の代理店から商品を購入したこと
- 代理店は、商標権者側の地域制限条項に違反して、原審被告に商品を販売していたこと
しかし知財高裁は、これらの事情は第1要件の成立を妨げないと判断しました。
詳細は以下をご覧下さい。
1.並行輸入とは
商標権者は、指定商品等について登録商標の使用をする権利を専有します(商標法25条)。商品や、その包装に商標をしたものを輸入する行為も商標の使用にあたりますので(2条3項2号)、海外で購入した商品に登録商標が付されている場合、商標権者に無断でこれを輸入すると、形式的には商標権の侵害にあたります。
(商標権の効力)
第二十五条 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。ただし、その商標権について専用使用権を設定したときは、専用使用権者がその登録商標の使用をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
しかし、海外で販売されている真正品を購入しこれを輸入するような行為、いわゆる「並行輸入」の場合、商品の出所は商標権者等ですので、これを輸入等しても商標の機能である出所表示機能、品質保証機能を害しません。
よって、商標の機能を害さないような一定の場合には、並行輸入は商標権を侵害しないとする実務が定着するに至りました。
そのような実務に先鞭をつけたのは、海外と日本の商標権を保有する商標権者が海外で販売した万年筆を、業者が日本に輸入する行為について、商標権侵害の成否が問題となったパーカー事件です。裁判所は、商標法は商標の出所表示及び品質保証の各機能を保護するものであり、並行輸入ではこれらの機能は害されないとして、商標権侵害を否定しました。
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商標法が商標権者に登録商標使用の独占的権利を与えているのは、第三者のなす指定商品又は類似商品についての同一又は類似商標の使用により当該登録商標の営む出所表示作用及び品質保証作用が阻害されるのを防止するにあるものと解される(略)
前述のように原告の輸入販売しようとするパーカー社の製品と被告の輸入販売するパーカー社の製品とは全く同一であつて、その間に品質上些かの差異もない以上、「PARKER」の商標の附された指定商品が原告によつて輸入販売されても、需要者に商品の出所品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全く生じないのであつて、右商標の果す機能は少しも害されることがないというべきである
大地判昭和45年2月27日・昭和43(ワ)7003(パーカー事件)
2.フレットペリー並行輸入事件
最高裁で、登録商標を付した商品の並行輸入について審理したフレッドペリー並行輸入事件は、並行輸入が適法となる次の3要件を挙げました。
- (第1要件)商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたこと
- (第2要件)外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであること
- (第3要件)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行いうる立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないこと
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商標権者以外の者が、我が国における商標権の指定商品と同一の商品につき、その登録商標と同一の商標を付したものを輸入する行為は、許諾を受けない限り、商標権を侵害する(商標法2条3項、25条)。しかし、そのような商品の輸入であっても、(1) 当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり、(2) 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって、(3) 我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが相当である。けだし、商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」ものであるところ(同法1条)、上記各要件を満たすいわゆる真正商品の並行輸入は、商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害することがなく、商標の使用をする者の業務上の信用及び需要者の利益を損なわず、実質的に違法性がないということができるからである。
最小判平成15年2月27日・平成14(受)1100(フレッドペリー並行輸入事件)
しかし、フレッドペリー並行輸入事件では、並行輸入された商品は使用許諾を受けた者(ライセンシー)が商標権者との契約に反し契約地域外で下請製造させたものであり、出所表示機能が害され、品質保証機能も害されるおそれがあるとして、商標権侵害は肯定されました。
判決文抜粋を見る
本件商品は、シンガポール共和国外3か国において本件登録商標と同一の商標の使用許諾を受けたG社が、商標権者の同意なく、契約地域外である中華人民共和国にある工場に下請製造させたものであり、本件契約の本件許諾条項に定められた許諾の範囲を逸脱して製造され本件標章が付されたものであって、商標の出所表示機能を害するものである。
また、本件許諾条項中の製造国の制限及び下請の制限は、商標権者が商品に対する品質を管理して品質保証機能を十全ならしめる上で極めて重要である。これらの制限に違反して製造され本件標章が付された本件商品は、商標権者による品質管理が及ばず、本件商品と被上告人B1が本件登録商標を付して流通に置いた商品とが、本件登録商標が保証する品質において実質的に差異を生ずる可能性があり、商標の品質保証機能が害されるおそれがある。
最小判平成15年2月27日・平成14(受)1100(フレッドペリー並行輸入事件)
3.知高判令和3年5月19日・令和2(ネ)10062
本件裁判例は、フレッドペリー並行輸入事件の3要件を検討し、並行輸入を適法と認めた事案です。
3.1 事案の概要
商標権者である控訴人・原審原告ハリス社は、代表者を同じくするランピョン社を通じて、販売代理店であるMゴルフ社に対し、登録商標を付した男性用下着(本件製品)を販売しました。なお、Mゴルフ社は、ランピョン社との販売代理店契約解除後に、被告に対し本件製品を販売しています。また、本件商品を販売した地域も代理店契約の地域制限に反するものでした。
被控訴人・原審被告ブライト社は、海外でMゴルフ社から本件製品を購入して並行輸入したところ、原審原告ハリス社がこれを商標権侵害として損害賠償を求めました。
原審被告は、本件製品の輸入行為は真正品の並行輸入であり、実質的違法性を欠く旨の主張をしました。
3.2 第1要件の充足
本件で原審原告は、第1要件は、商標を付したことについての適法性のみでなく、商標を付した商品が商標権者の意思により流通に置かれることをも要求していると解される旨主張しました。その上で、本件商品をMゴルフ社が原審被告に販売したのは、代理店契約解除後であり、また、代理店契約の地域制限規定に違反してなされたものであるから、本件商品は「商標権者の意思により流通に置かれた」とはいえないとして、第1要件は充足されない旨の主張をしました。
この原審原告の主張に対し、裁判所は、第1要件の充足は、商標が当該商標権者等によって適法に付されたものであるかどうかを問題とするのに止まるから、代理店契約の解除や、地域制限条項の存在などといった事情は、この判断に何ら影響を及ぼすものではないとしています。
なお、裁判所は原審原告の「商標権者の意思により流通に置かれた」ことを要する旨の主張にはもっともなところがあると一定の理解を示したもののの、本件商品が「適法に流通に置かれた」ことも明らかであるとしています。
まず、Mゴルフ社は代理店契約解除後に本件商品を販売していますが、解除によってMゴルフ社が本件製品の処分権限を失うわけではなく、ランピョン社との間で債務不履行という問題を生じさせるにすぎないから、「適法に流通に置かれた」という評価を覆すものではないとしています。
また、地域制限条項に反する販売についても同様で、このような条項は債権的な効果を有するにすぎないから、これに違反したからといって「適法に流通に置かれた」という評価は覆らないとしています。
要するに、代理店契約は商標権者側と代理店との2者の権利義務を規定するにすぎない、債権的効果を有するものにすぎません。よって、そのような債権的な義務に違反した販売だからといって、契約に拘束されないの購入者との関係では「適法に流通に置かれた」という評価を覆すような事情とはならず、出所表示機能等を害さないと判断したものです。
なお、フレッドペリー並行輸入事件では、地域的制限条項に反したことをもって、第1要件の成立を否定しています。しかし、フレッドペリー並行輸入事件では、地域的制限に反した「製造行為」であったのに対し、本件では「販売行為」にすぎません。前者は許諾地域外での製造ですので、商品の出所、品質には大きな影響があります。他方で後者では商品が真正品であることにはかわりなく、実質的に見ても商標の出所表示機能、品質保証機能を害さないと判断されました。
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第1要件は、当該商標が当該商標権者等によって適法に付されたものであるかどうかを問題とするのに止まるから、この要件をそのまま適用する限り、商標権者が製造した本件商品の輸入が問題になっている本件においては(中略)、第1要件が満たされることは明らかであるし、本件代理店契約の解除や、地域制限条項の存在などといった控訴人ら主張の事情は、この判断に何ら影響を及ぼすものではないということになる。
(略)
なお、最高裁平成15年判決は、地域制限条項違反を理由の一つとして第1要件該当性を否定しているので、この判断との関係についても念のため触れておく。同判決の事案は、商標の使用許諾契約において地域制限がされていたという事案であったため、使用権者は、そもそも、制限地域外において商品に商標を付す権限を有していなかった。このため、制限地域外で商標を付したとしても、それは「適法に」商標を付したことにならないとの評価を免れなかった。これに対し、本件事案において、Mゴルフ社の商品処分権限は何ら制約されていないことは既に説示したとおりであり、この点において、本件と最高裁平成15年判決の事案とは事案を異にするというべきである。
知高判令和3年5月19日・令和2(ネ)10062
3.3 第2要件の充足
海外と日本国内の商標権者は、どちらも原審原告ハリス社ですので、問題なく充足されます。
3.4 第3要件の充足
日本国内に輸入された本件製品は真正品ですし、本件製品は男性下着という、特に劣化するようなものでもないので、品質上の差異も生じません。
フレッドペリー並行輸入事件の場合と比較し、同事件の場合には、商標使用権者の製品製造に対し、商標権者が品質管理を行い得るかが重要問題となりますが、本件商品の場合はランピョン社が製造した真正品ですので、代理店契約解除後であったり、地域制限違反であっても、品質管理上の問題は生じません。
よって、裁判所は第3要件の充足も認めました。
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本件のように商標権者自身が商品を製造している事案であって、その商品自体の性質からして、経年劣化のおそれ等、品質管理に特段の配慮をしなければ商標の品質保証機能に疑念が生じるおそれもないような場合には、商標権者自身が品質管理のために施した工夫(商品のパッケージ等)がそのまま維持されていれば、商標権者による直接的又は間接的な品質管理が及んでいると解するのが相当である。
知高判令和3年5月19日・令和2(ネ)10062
4.商標製品のコントロール
このように、登録商標を付していても、いったん販売してしまえばその後の流通についてコントロールすることは難しくなります。
代理店に対する販売地域制限だけでは、並行輸入を禁止することはできません。販売地域制限が並行輸入阻止に機能しなかった裁判例としては他にも東地判平成15年6月30日・平成15(ワ)3396があります(なお、フレットペリー並行輸入事件の3要件を用いて判断したものではありません)。
そもそも、並行輸入問題の根源は、同じ商品であるにもかかわらず内外の価格差が生じていることにあります。
消費者にとっては価格が安いにこしたことはないのは当然です。価格の内外差を商標権を用いてコントロールするには、上記3要件を充足しないような事情、すなわち、並行輸入によって出所表示や品質保証が害されるような事情が必要となります。それは結局は並行輸入品と国内品の出所や品質を違えるということであり、内外価格差を正当化する、すなわち、並行輸入品のお得感を失わせる方向に働くことも多いでしょう。
並行輸入によって生じる問題(例えば、国内販売店の価格競争力低下)は、同じ商品・品質にも関わらず日本人には高い価格で売るという販売政策から生じる問題ともいえます。一連の裁判例は、国内の商標権者は商標権の機能でそのような販売政策を保護することはできないことを突きつけるものでもあります。
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