ポイント

商標権者(ライセンサー)が破産した場合に商標の通常使用権者(ライセンシー)の立場がどうなるかは、登録商標の通常使用権が特許庁に登録されているか否かによって異なります。

使用権が登録されている場合には、ライセンシーは商標権の譲受人に対し使用権を対抗できます。

使用権が登録されていない場合には、使用権者の立場は管財人次第です。

管財人は登録商標の使用権許諾契約(ライセンス契約)を解除するか、継続させるかを判断することができ、ライセンシーは管財人に対しそのような判断をするように催告をすることができます。商標使用許諾契約が解除されると、ライセンシーは使用権を失いますので、商標権の譲受人から登録商標の使用差止といった権利行使をされる立場となってしまいます。

1.商標権者が破産した時の商標権の取扱い

商標権者(ラインセンサー)が自身の保有する登録商標をライセンシーに対して使用許諾している場合、使用許諾を受けているライセンシーは、使用許諾契約の範囲内で登録商標を使用することができます。

それでは、ライセンサーが破産した場合、商標権はどのように扱われるのでしょうか。商標権者が法人の場合について以下に検討します。

会社(本記事では株式会社を想定しています)が破産したときには、破産した会社が保有している財産をすべて金銭に換えて(換価して)、債権者に公平に分配することになります。破産した会社の財産は裁判所に選任された管財人が管理・処分権を有しますので(破産法78条1項)、破産手続が開始した後は、商標権者といえども商標権を自由に処分(売却など)することはできません。なお、管財人には破産事件の実績があり、破産申立人と利害関係の無い弁護士が裁判所によって選任されます。

破産手続開始後は、管財人が破産会社の財産を売却して金銭に換えて、債権者への配当に充てることになります。しかし、商標権は買手が見つからないことも多いため、安価で売却されることも多いようです。

ライセンシーが登録商標を使用しており、使用を継続したい場合には、他人に売却されるより自身で買いとる方がよいと判断することも多いはずです。そのような場合、ライセンシー自身が管財人と折衝して登録商標を譲り受けることも重要な選択肢の一つでしょう。

2.ライセンスされている商標権が他人に譲渡された場合

ライセンシーは商標権を譲り受けるほうが望ましい場合が多いでしょうが、商標権のライセンシーが多数に及ぶ場合や、財産的価値の高い商標権(例えば著名な商標)の場合には、管財人も最も高額な売却先を選びますから、ライセンシーといえども必ずしも商標権を買いとることができるとは限りません。

管財人が、ライセンスされている商標権を他人に譲渡した場合、ライセンシーの立場はどうなるでしょうか。引き続き商標を使用することはできるのでしょうか。

2.1 使用権が登録されている場合

特許権等の場合には、特許権が譲渡されても、ライセンシーは特許権の譲受人に対し、当然に通常実施権を対抗できます(特許法99条など)。「当然に」対抗できますから、通常実施権の登録や届出等の一切の手続きは不要です。ただし、従前の実施許諾条件までもが当然に引き継がれるか否かは解釈に委ねられています。

しかし、特許権等と異なり、商標権の場合はそのような当然対抗制度がありません。使用権が特許庁に登録されている場合にのみ、登録商標の使用権者(ライセンシー)は、商標権を譲り受けた者に対し、使用権者の地位を対抗できます(商標法31条4項)。

通常使用権が登録されている場合、ライセンシーはライセンスを対抗できる

よって、ライセンシーの使用権が登録されている場合には、商標権を譲り受けた者はライセンシーに対し、登録商標の使用差止などの権利行使をすることはできません。

商標法

第三十一条 商標権者は、その商標権について他人に通常使用権を許諾することができる。

(略)

 通常使用権は、その登録をしたときは、その商標権若しくは専用使用権又はその商標権についての専用使用権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずる。

2.2 商標の使用権が登録されていない場合

商標の使用権が登録されていない場合には、特許権等と異なり、ライセンシーは譲受人に対し使用権を対抗できません。

このような場合、有効期間中の登録商標の使用許諾契約は、破産法上は「双方未履行双務契約」として取り扱われます。管財人は「双方未履行双務契約」、すなわちここではライセンサーとライセンシーとの商標使用許諾契約を解除するか、履行請求するかを判断することができます(破産法53条1項)。また、ライセンシー側も契約解除するのか存続させるのかを管財人に確答すべき旨を催告することができます(同2項)。

管財人が商標権を売却する場合に、商標権に通常使用権が付着していては売却先が登録商標を独占的に使用することができませんから、商標権の価値が下がる場合があります。そのような場合には、管財人はライセンス契約を解除して、商標権を売却するよう判断するでしょう。

管財人に契約を解除されてしまうと、ライセンシーは登録商標の使用権を有さない無権原者になってしまいますので、商標の使用を続けていると、管財人が商標権を売却した譲受人、すなわち新たな商標権者から、商標権侵害として差止等を請求される立場となります。

通常使用権が登録されていない場合、管財人はライセンス契約を解除できる

そうならないためには、ライセンシーは、ライバルに先んじて商標権の買い取りを目指す必要があります。

3.破産手続終結後の審判請求について

それでは、破産手続が終結して、商標権が誰にも承継されなかった場合には、ライセンシー等は類似の商標について改めて商標権を取得できるでしょうか。

破産手続が終結しても商標権は特許庁に登録されたままであり、先願商標の地位を有しますので、これに基づいて後願の商標は拒絶されかねません(商標法4条1項11号)。よって、この商標が使用されていない場合には、不使用取消審判を請求することが考えられます。

しかし、破産した会社を被請求人とする審判手続は、審判請求人が清算人を選任して、清算人に対しこれを行う必要があります

特許庁では、審判請求事件について審判請求書副本が被請求人に届かない場合、職権で商業登記簿の調査を行い、その結果被請求人の破産等が確認されたときには、請求人に対して被請求人の清算人を選任していただく旨の通知をしています。

引用元 : 破産した会社を被請求人として請求された審判請求についての取扱について | 経済産業省 特許庁

破産会社の商標に対し、わざわざ清算人を選任して、不使用取消審判を請求するのは、費用も時間もかかってしまいます。

破産会社の商標が先願として引用され、これに類似するとして拒絶査定を受け、また、拒絶査定不服審判でも審判不成立とされた事案では、裁判所は次のとおり述べて、破産会社の登録商標は使用される可能性が極めて低く、出所混同を生じるおそれはないとして、先願の他人の商標に類似する商標(商標法4条1項11号)には該当しないと判断しました(知高判平22年7月21日・平成21(行ケ)10396)。この裁判例では、わざわざ商標登録の取消審判を請求する必要はないと判断されたことになります。

判決抜粋をみる

 引用商標2に係る商標権は、平成13年8月30日に商標登録出願され、平成14年8月23日に商標登録されたものであり、その存続期間満了日が平成24年8月23日である(商標法19条)ところ、その商標権者である株式会社星籌は、平成6年2月14日に設立され、平成17年10月26日午後5時に、東京地方裁判所から破産手続開始決定を受け(同年10月28日登記)、平成18年5月11日に東京地方裁判所の破産手続終結決定が確定し(同年5月15日登記)、同年5月15日に同社の登記簿が閉鎖されたものと認められる(甲126)。また、同社の破産手続終結決定が確定した平成18年5月11日から引用商標2に係る商標権の存続期間満了日である平成24年8月23日までの間、同社(破産管財人を含む。)及び同社からの使用許諾を受けた第三者が、当該商標を使用した又は使用すると認めるに足りる証拠はない。

 そうすると、本願商標の出願時である平成20年5月27日、拒絶査定時である平成21年2月24日及び審決時である平成21年10月28日において、引用商標2がその正当な権利者(商標権者又はこれから使用許諾を受けた者)によって使用される可能性は極めて低いものと認められ、引用商標2と本願商標との間で商品の出所についての混同を生ずるおそれはないものというべきである。(略)

以上のとおり、本願商標は、引用商標2との関係においては、商品の出所についての誤認混同のおそれのない非類似の商標であるから、商標法4条1項11号に該当するものではなく、この点に関する原告主張の取消事由3には理由がある。

引用元 : 知高判平22年7月21日・平成21(行ケ)10396

笠原 基広