商標不使用取消審判請求の概要
商標法は、自己の業務に係る商品等について「使用」をする商標については、不登録事由に該当しない限り商標登録を受けることができると規定しています(第3条)。
日本の商標法は先願主義を採用しており、「使用」の有無を商標の登録要件としていません。しかし、商標登録は商標使用の意思があることを前提としていますので、継続して3年以上日本国内において使用していない登録商標に関しては、不使用取消審判を請求できます。
第五十条 継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。2 前項の審判の請求があつた場合においては、その審判の請求の登録前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない。ただし、その指定商品又は指定役務についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは、この限りでない。3 第一項の審判の請求前三月からその審判の請求の登録の日までの間に、日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をした場合であつて、その登録商標の使用がその審判の請求がされることを知つた後であることを請求人が証明したときは、その登録商標の使用は第一項に規定する登録商標の使用に該当しないものとする。ただし、その登録商標の使用をしたことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは、この限りでない。
不使用取消審判請求の要件は次のとおりです。
- 継続して3年以上日本国内において
- 商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが
- 各指定商品又は指定役務についての
- 登録商標の使用をしていない
不使用の継続3年以上
不使用取消には、登録商標を商標権者、専用使用権者、通常使用権者のいずれもが3年間使用していないことが必要です。すなわち、3年の間この三者のうち一者が一度でも使用していれば、この要件を充足しません。
ただし、審判請求の登録の日から遡って3か月以内に、審判請求されることを知っていながら使用をした場合(いわゆる駆け込み使用の場合)は、登録商標を使用したことにはなりません(使用について正当事由がある場合を除きます。)。
指定商品・役務での不使用
商標登録の際には、商標の使用をする商品や役務を指定します。不使用取消審判の請求成立のためには、登録商標が指定商品・役務において使用されていないことが必要です。
不使用取消審判請求の際には、登録商標の指定商品・役務の全てについて取消しを請求する必要はなく、その一部のみを不使用取消審判の対象とすることができます。
不使用取消審判で一部の商品・役務において取消を請求する場合、取消審判を請求されていない指定商品・役務で商標権者が登録商標を使用している場合でも、不使用取消審判請求をされた商品・役務において使用していない場合は不使用取消しの対象となります。
一方で、複数の商品・役務を指定した取消審判請求をされている場合、商標権者は、その商品・役務のひとつに使用の立証をすれば全部の取消を免れますし、審判請求者は一部の商品・役務についての取下げはできません。よって、審判請求をする場合には、指定商品・役務の範囲を広げすぎると、使用の立証がその分容易となってしまいますので、注意が必要です。
登録商標を使用しなかったこと
不使用取消には登録商標を使用しなかったことが必要で、類似商標の使用はここでいう「使用」には含まれません。しかし、現実には登録商標と全く同一の商標を使用することはまれですので、社会通念上同一の商標(例えば書体のみが違う商標や、ひらがな・片仮名・ローマ字を変換して観念・称呼が同一のものなど。商標法38条5項、同50条1項)は、ここでいう同一の商標とみなされます。
登録商標が指定商品・役務において使用されているかどうかは、それらが属する産業分野における取引の実情を十分に考慮し、個々の具体的な事例に基づいて判断すべきとされています。
不使用の正当理由がないこと
不使用について正当理由がないことを商標権者が立証したときは取消を免れます。この正当事由とは、商標権者や使用権者の責に帰すことのできない、予見困難な事情で、例えば、天変地異、第三者の故意過失に基づくもの、公権力の発動に係るものなどが挙げられます。
指定商品の解釈に商標権者の活動の結果を考慮した裁判例
知高判令和3年3月25日・令和2(行ケ)10127
事案の概要
商標不使用取消審判において、指定商品における登録商標の使用の意義が問題となった事案をご紹介します。
本件の被告は、「工樂(楽)松右衛門」が発明した帆である「松右衛門帆」を復刻したことをうたい、「松右衛門帆」をかばん等に仕立てて販売していました。そして、「工楽松右衛門の創製した帆布」や、「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」等を指定商品として登録商標(本件商標)を取得しました。
原告は被告の登録商標が、本来の「松右衛門帆」や「松右衛門帆」製の製品に使用されていないとして、不使用取消審判を請求しましたが、審判請求不成立の審決がされました。
第16類
工楽松右衛門の創製した帆布を用いた筆箱、工楽松右衛門の創製した帆布を用いた文房具類、工楽松右衛門の創製した帆布を用いた写真立て
第18類
工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類、工楽松右衛門の創製した帆布を用いた袋物、工楽松右衛門の創製した帆布を用いた携帯用化粧道具入れ、工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん用の金具、工楽松右衛門の創製した帆布を用いたがま口用の口金
第24類
工楽松右衛門の創製した帆布、工楽松右衛門の創製した帆布を用いた布製の身の回り品、工楽松右衛門の創製した帆布製のランチョンマット、工楽松右衛門の創製した帆布製のコ-スタ-、工楽松右衛門の創製した帆布製のテーブルナプキン、工楽松右衛門の創製した帆布製の椅子カバー、工楽松右衛門の創製した帆布製の壁掛け、工楽松右衛門の創製した帆布を用いたカーテン、工楽松右衛門の創製した帆布を用いたテーブル掛け、工楽松右衛門の創製した帆布を用いたどん帳、工楽松右衛門の創製した帆布製のトイレットシートカバー
被告は、本件商標をかばん類が掲載されたカタログやウェブサイトに表示していました。これについて、特許庁は次のように述べて本件商標の使用を認めました。
被告の上記(1)のウェブサイト上の各記事に表示されている「かばん」(以下「本件かばん1」という。)に関し、本件カタログ(甲18)やブログ(甲22)では、被告の製造販売する商品が高砂生まれの偉人、工樂松右衛門(以下「工楽松右衛門」と表記することもある。)が発明した帆である「松右衛門帆」を復刻し、これを素材として使用した商品である旨の記載があり、被告が、商品を工樂松右衛門が発明した「松右衛門帆」を復刻した帆布を使用した商品であることを謳って販売していることからすると、本件かばん1は、工樂松右衛門の創製した帆布を復刻した帆布を用いた商品、すなわち、「工楽松右衛門の創製した帆布を用いた商品」として販売されているものといえ、取引者、需要者もそのように認識していることがうかがわれる。
そうすると、本件かばん1は、「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん」であると認められ、本件審判の請求に係る指定商品中の「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」に含まれる商品といえる。
知高判令和3年3月30日
原告は「工楽松右衛門の創製した帆布」といえるためには、特定の特徴を有していることを要するのであり、被告や通常使用権者が本件商標を付すなどした商品は、いずれも「工楽松右衛門の創製した帆布」そのもの又はこれを用い若しくは「工楽松右衛門の創製した帆布製」であるとはいえないことを理由に、審決取消請求訴訟を提起しました。
原告の主張
原告は様々な主張をしています。そのうち本稿では、「工楽松右衛門の創製した帆布」といえるためには、下図にあるように①布の両端1寸ほどについては縦糸1本横糸2本で織り、それ以外の部分については縦糸2本横糸2本で織っている②幅の長さは2尺5寸(約75センチ)ほどのものであるという特徴を有する必要があり、被告商品はこれらの特徴を具備していないため、指定商品において本件商標が使用されていたとはいえない、という主張について取り上げます。
裁判所の判断
裁判所は、一般人が「松右衛門帆」について、従前は「太い綿糸で織られた幅広の厚手の帆布」程度に認識していたものを、被告が大学教授の協力を得て調査を行い、①現在、一般に流通している帆布と異なり、2本の単糸を引き揃えにしている点や②緯糸が経糸より3倍太くなっていて、極端に太い点などの特徴を有する布地として復刻し、これを用いたかばん等の製造販売を始めたことを前提に、「松右衛門帆」とは、被告が復元した前記特徴を有する帆布である旨の認識が取引者・需要者に広がっていたとしました。
平成22年頃以降から要証期間中にかけて、被告や御影屋が「松右衛門帆」を復元したとする本件布地を用いた商品の製造販売を開始して広告宣伝活動を行うことで、「松右衛門帆」とは、被告が復元した上記①、②(筆者注:原告の主張する特徴①②とは異なる、被告帆布の特徴)のような特徴を持つ本件布地を指すものであるという認識が、取引者、需要者の間に広まっていたものと認められる。
そうすると、遅くとも、本件商標を付した本件かばん2が、一般消費者に販売され、平成30年2月5日に納品された時点で、本件指定商品の取引者、需要者は、「松右衛門帆」、すなわち、「工楽松右衛門の創製した帆布」とは、本件布地のような「太い木綿糸を用い、太さの違う経糸と緯糸を2本引き揃えて織った厚く丈夫な布地」(前記(1)ウ(ア))であると認識していたものと認められる。
知高判令和3年3月30日
これについて、原告は、指定商品の意義は、登録事項に基づき客観的に認定判断されるべきであり、商標権者である被告自身の広告宣伝によって定まるとするのは不当と主張しています。
しかし、裁判所は、それまで指定商品中の「工楽松右衛門の創製した帆布」の意義は不明確であったところ、被告の販売活動により被告が復元した帆布の特徴を有する布地をさすものであると取引者・需要者の間で認識されるようになったと認定しました。すなわち、指定商品・役務の解釈に商標権者の活動の結果を考慮してもよいと、裁判所は判断しています。
現代において「松右衛門帆」の意義が不確かなものとなっていたところ、被告や御影屋による広告宣伝活動の結果として、要証期間までの間にその意義が再度認識されるようになってきているのであり、取引の実情として、「松右衛門帆」、すなわち、「工楽松右衛門の創製した帆布」の意義を認定するに当たり、被告や御影屋の広告宣伝活動の結果を考慮に入れることは何ら不当ではない知高判令和3年3月30日
このような需要者の認識をもとに、「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」に該当するかばんが販売されていたとされ、本件商標の使用が認められました。
本件商標の通常使用権者である御影屋は、要証期間内である平成30年2月頃に本件商標を付した「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」に該当する本件かばん2を一般消費者に販売していたのであるから、本件商標は、要証期間中に、日本国内において、通常使用権者により、本件指定商品中、「工楽松右衛門の創製した帆布を用いたかばん類」について使用されていた(商標法2条3項1,2号)ということができる。知高判令和3年3月30日
指定商品・役務の解釈
指定商品・役務の解釈は取引者・需要者の認識を基礎とすべきです。本件商標のように、商品区分としてかばんが指定されている場合には、需要者は歴史に詳しい学者や本来の用途(船の帆)の需要者ではなく、かばんの需要者ということになります。
そのようなかばんの需要者は「松右衛門帆」の歴史的意義に詳しいわけではありません。かばんの需要者にとっては、「松右衛門帆」の意義はいったん不明確となり、そのあと被告の販売活動により、被告製品の特徴に沿った認識に変容してしまいました。そのため、「松右衛門帆」の真正な歴史的意義はさておき、商標を付した被告製品の販売が指定商品において商標を使用したことになりました。
本件では指定商品・役務の解釈に、商標権者の販売活動の影響が考慮されてもよいとされています。指定商品・役務の解釈が必ずしも史実に基づくわけではなく、「取引の実情を十分に考慮し」、すなわち、需要者の認識というフィルターを通して解釈されることが確認された裁判例といえます。
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