著作権法の保護対象となる「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(2条1項1号)。

著作権関連訴訟においては、そもそも著作権が生じているか、すなわち創作したものが著作物であるか否かがしばしば重要となります。

一般的に、絵画、版画、彫刻といった、もっぱらそれ自体の鑑賞が目的となり実用性を有さない創作物は「純粋美術」とよばれ、これが著作物に該当することは異論がありません。

他方で、実用に供されあるいは産業上利用される美的な創作物は「純粋美術」の対立概念としての「応用美術」にカテゴライズされ、「個別具体的に、作成者の個性が発揮されている」ような場合には、著作物性が認められる場合があります。

公園のタコの滑り台の遊具の著作物性が争いとなった事件では、「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている」かどうかが問題とされました。そして、タコの滑り台のデザインは、滑り台としての機能と分離して把握することはできないとして、著作権による保護が認められませんでした(以下の記事に実際の写真がありますので、ぜひご覧下さい)。

公園にある「タコの滑り台」は、著作物として保護されるべき芸術品かどうか――。この点が争われた著作権侵害訴訟の判決が28日、東京地裁であった。裁判長が示した判断とは……タコの滑り台は芸術品? 類似遊具を訴えた裁判で判決:朝日新聞デジタル

詳細は以下をご覧下さい(本記事では、美術の著作物についてのみ取り上げます)。

著作物とは

著作権法の保護対象となる「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」です(2条1項1号)。著作権法には、言語、音楽、舞踏・無言劇、美術、建築、図形、映画、写真及びプログラムの著作物が例示されています(10条1項1~9号)。

また、「美術の著作物」には「美術工芸品」も含まれます(2条2項)。

一般的には工業製品のデザインは意匠権で保護されるべきであり、著作物性がないとして著作権法による保護は受けられてないといわれていました。

しかし、近年の裁判例では、工業製品であっても応用美術としての著作物性を有する旨の判断がされています。

応用美術の著作物性

裁判例では、美術の著作物は純粋美術、美術工芸品に限定されるものではなく、実用に供されあるいは産業上利用される美的な創作物である「応用美術」も含まれるとしたものがあります。

幼児用イスの著作物性が争われた事件では、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべき」として、幼児用の椅子の著作物性を認め、これが「美術の著作物」に該当するとしました(この裁判例では、著作物の類似性は認められませんでした)。

タコの滑り台に応用美術としての著作物性が認められるか否かが争われた最近の事件をご紹介します。

東地判令和3年4月28日・令和1(ワ)21993

本件は、タコの形状を模した滑り台を製作した原告が、被告がタコの形状を模した滑り台を製作した行為が原告の複製権又は翻案権を侵害すると主張して、損害賠償等を請求した事件です。

なお、被告代表は以前原告に勤務しており、原告退職後に被告会社を設立して、上記行為に及んだようです。

応用美術は美術の著作物に含まれるか

まず、裁判所は印刷用書体に関する最高裁判決を引用し、美術の著作物に美術工芸品が含まれるという著作権法の規定は単なる例示規定であるとしました。また、「美術工芸品」以外のものでも、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものは、「美術の著作物」として保護対象となるとしました。

応用美術と同様に実用に供されるという性質を有する印刷用書体に関し、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えることを要件の一つとして挙げた上で、同法2条1項1号の著作物に該当し得るとした最高裁判決(最高裁平成10年(受)第332号同5 12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)の判示に照らし、同条2項は、単なる例示規定と解すべきである。(略)

実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては、「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として、保護され得ると解するのが相当である。東地判令和3年4月28日・令和1(ワ)21993

タコの滑り台は美術工芸品か?

裁判所は、「美術工芸品」とは「絵画、版画、彫刻」と同様に、主として鑑賞を目的とする工芸品を指すとしました。

そして、遊具として制作されたタコの滑り台は鑑賞を目的にするものではなく、「美術工芸品」にはあたらない、と判断しました。なお、原告はタコの滑り台が一品製作品であり「美術工芸品」にあたると主張しましたが、裁判所は一品製作品であっても直ちに「美術工芸品」にあたるわけではないとして、原告主張を退けました

判決文抜粋

そこで検討するに、著作権法10条1項4号が「美術の著作物」の典型例として「絵画、版画、彫刻」を掲げていることに照らすと、同法2条2項の「美術工芸品」とは、同法10条1項4号所定の「絵画、版画、彫刻」と同様に、主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解すべきであり、仮に一品製作的な物であったとしても、そのことをもって直ちに「美術工芸品」に該当するものではないというべきである。

本件においてこれをみると、前記アのとおり、本件原告滑り台は、自治体の発注に基づき、遊具として製作されたものであり、主として、遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって、「絵画、版画、彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められない。
東地判令和3年4月28日・令和1(ワ)21993

タコの滑り台は応用美術か

裁判所は、タコの滑り台が応用美術か、すなわち、「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものであるか否か」(美的特性の具備)について、タコの頭部、足、スライダー下部の空洞の各構成部分について、それぞれ検討しています。

まず、頭部については、総じて、滑り台の遊具としての利用と強く結びついているとし、の部分についても、遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるとしました。

また、スライダーの下部のトンネル状の空洞についても、滑り台としての機能には必ずしも直結しないものではあるが、ここで隠れん坊などの遊びをすることもできるとして、遊具としての利用と不可分に結びついた構成部分であるとしています。

さらに、全体の形状を見ても、遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないとしました。

以上より、タコの滑り台は、各構成部分も、全体の形状も、美的特性を具備しないとして、応用美術にあたらないと判断しています。

判決文抜粋(長文です)

【カッコ内】は筆者による。

【頭部について】
タコの頭部を模した部分は、本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されているのであるから、同部分に設置された上記各開口部は、滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって、滑り台としての実用目的に必要な構成そのものであるといえる。また、上記空洞は、同部分に上った利用者が、上記各開口部及びスライダーに移動するために不可欠な構造である上、開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって、最も高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえるし、それのみならず、周囲が囲まれているという構造を利用して、隠れん坊の要領で遊ぶことなどを可能にしているとも考えられる。
そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの頭部を模した部分は、総じて、滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきである(中略)

【足部について】
滑り台は、高い箇所から低い箇所に滑り降りる用途の遊具であるから、スライダーは滑り台にとって不可欠な構成要素であることは明らかであるところ、タコの足を模した部分は、いずれもスライダーと
して利用者に用いられる部分であるから、滑り台としての機能を果たすに当たって欠くことのできない構成部分といえる。(中略)

【空洞について】
この構成は、滑り台としての機能には必ずしも直結しないものではあるが、前記アのとおり、本件原告滑り台は、公園の遊具として製作され、設置された物であり、その公園内で遊ぶ本件原告滑り台の利用者は、これを滑り台として利用するのみならず、上記空洞において、隠れん坊などの遊びをすることもできると考えられる。
そうすると、本件原告滑り台に設けられた上記各空洞部分は、遊具としての利用と不可分に結びついた構成部分というべきである(中略)

【全体の形状について】
本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは、滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが、そのような外観は、子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり、親しみやすさを感じさせたりして、遊びたいという気持ちを生じさせ得る、遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず、遊具としての利用と関連性があるといえる。また、本件原告滑り台の正面が均整の取れた外観を有するとしても、そうした外観は、前記(ア)及び(イ)でみたとおり、滑り台の遊具としての利用と必要不可欠ないし強く結びついた頭部及び足の組み合わせにより形成されているものであるから、遊具である滑り台としての機能と分離して把握することはできず、遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないというべきである(以下略)
東地判令和3年4月28日・令和1(ワ)21993

タコに始まり、タコに終わる人生

原告は、「判決は受け入れられない」として、上訴する方針のようです。

原告のデザイン会社は、タコの滑り台約200台を全国に設置している。敗訴した同社は判決後の取材に「タコで始まり、タコで終わる人生だと思っている。判決は受け入れられない」と回答。控訴する方針という。タコの滑り台は芸術品? 類似遊具を訴えた裁判で判決:朝日新聞デジタル

◆応用美術に、もはや高度の芸術性は必要ない?

従前の裁判例は、応用美術として著作物性が認められるには、純粋美術と同じ程度の高度の芸術性を有していることを要すると判示するものが多く、応用美術に著作物性を認めるのは困難でした。

ところが、上述のTRIP TRAPP事件で知財高裁は、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべき」という規範を示しました。本件でも、「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるか」という規範が採用されています。このどちらも、純粋美術と同程度の高度の芸術性は問題としていません。

そして、裁判所は、タコの滑り台の各部分について丁寧に検討して、美的特性を具備しているか、遊具としての特性を有するに留まるのかを判断しています。

本件は上訴されるようですが、応用美術の著作物性については、さらなる裁判例の蓄積が待たれるところです。

笠原 基広