cssファイルの保護

昨日の記事では、どうもcssは著作物にはあたらず著作権法では保護されなさそうだという結論になりました。

しかし、ウェブデザイナーが苦労して作るcssの盗用を許していいわけはありません。

それでは、cssは著作権法以外の法的保護を受けるでしょうか?

本記事では、cssファイルのような著作物とはいえない表現物の盗用が一般不法行為にあたるかについて取り上げました。

cssファイルの著作物性

ウェブサイトデザインの要となるcssファイルは、ウェブデザイナーが多大な労力をかけて作成するものです。

しかし、cssファイルはあらかじめ決められた規則に基づいて記述されますので、文字を太字にする、文字の大きさを指定する、といった、cssによって実現しようとする「アイデア」に対する記述のバリエーションは少なく、表現上の工夫の幅がほとんどありません。

よって、cssには著作物性が認められないと思われます。

しかし、cssファイルのような多大な労力をかけたものを断り無くコピーされて使われた場合に、著作権法では保護されないから仕方ないと納得するのは難しいのではないでしょうか。

cssファイルに著作権法以外の保護は及ばないのでしょうか。

cssファイルのコピーに一般不法行為が成立するか

知的財産権侵害による不法行為

まず、著作権侵害に損害賠償請求が認められるのは、著作権という権利を侵害することによって、不法行為(民法709条)が成立するからです。

民法
第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

知的財産に関する法律では、「表現したもの」や「技術的思想」という形を持たないものが一定の要件を充たす場合に限り、著作権や特許権といった権利の成立を認めています。

そして、著作権や特許権などの知的財産権は民法709条の「他人の権利」にあたりますので、これを侵害すると不法行為になります。

一般不法行為とは

一方で、例えば、自動車事故で相手の車をへこませた場合には、相手の「財産権」を侵害しますし、インターネットで誰かを誹謗中傷すると、相手の「名誉」を毀損しますので、「他人の権利」を侵害することになり、それぞれ不法行為が成立します。

このような不法行為を、知的財産権侵害による不法行為と区別して「一般不法行為」という場合があります。

それでは、著作物ではない成果物・表現物の無断コピーは「法律上保護される利益を侵害」するとして、一般不法行為にはならないのでしょうか。

著作物性の認められない表現物の利用についての一般不法行為の成立

著作物性が認められない表現の複製に一般不法行為が成立すると認定した裁判例は複数存在します。

例えば、木目化粧紙事件は、家具の表面に貼られる木目化粧紙を製造販売する一審原告(控訴人)が、これをそのまま写真撮影し製版印刷した木目化粧紙を製造・販売する一審被告(被控訴人)の行為が著作権を侵害するなどとして、損害賠償及び製造販売等の差止めを求めた事件です。裁判所は、「取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を甚だしく逸脱し、法的保護に値する控訴人の営業活動を侵害する」として、木目化粧紙の販売等が不法行為に当たると認定しました。

「民法第七〇九条にいう不法行為の成立要件としての権利侵害は、必ずし厳密な法律上の具体的権利の侵害であることを要せず、法的保護に値する利益の侵害をもって足りるというべきである。そして、人が物品に創作的な模様を施しその創作的要素によって商品としての価値を高め、この物品を製造販売することによって営業活動を行っている場合において、該物品と同一の物品に実質的に同一の模様を付し、その者の販売地域と競合する地域においてこれを廉価で販売することによってその営業活動を妨害する行為は、公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきである。」

「控訴人は、原告製品に創作的な模様を施しその創作的要素によって商品としての価値を高め、この物品を製造販売することによって営業活動を行っているものであるが、被控訴人は、原告製品の模様と寸分違わぬ完全な模倣である被告製品を製作し、これを控訴人の販売地域と競合する地域において廉価で販売することによって原告製品の販売価格の維持を困難ならしめる行為をしたものであって、控訴人の右行為は、取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を甚だしく逸脱し、法的保護に値する控訴人の営業活動を侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。」
東高判平成3年12月17日・平成2(ネ)2733(木目化粧紙事件)

また、ヨミウリ・オンライン事件でも、裁判所は、記事の見出しに著作物性を否定しつつも、これを複製して利用する行為について、次のとおり一般不法行為の成立を認めています。

「不法行為(民法709条)が成立するためには、必ずしも著作権など法律に定められた厳密な意味での権利が侵害された場合に限らず、法的保護に値する利益が違法に侵害がされた場合であれば不法行為が成立するものと解すべきである。」

「被控訴人のライントピックスサービスとしての一連の行為は、社会的に許容される限度を越えたものであって、控訴人の法的保護に値する利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成する」
知高判平成17年10月6日・平成17(ネ)10049(ヨミウリ・オンライン事件)

これらの裁判例は、著作物性のない表現の利用について法的保護に値する利益を認め、デッドコピーは社会的に許容される限度を超えているなどとして、一般不法行為を構成するとしました。

そして、平成23年に最高裁で判決がされた北朝鮮映画事件は、著作権法上の著作物に該当しない著作物の利用行為は、著作権法上の著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないとしました。

この最高裁判決以降、著作物性が認められなかった表現の利用について、「著作権法上の著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」が認められないとして、一般不法行為の成立を否定した裁判例は枚挙に暇がありません。しかし、一般不法行為の成立を認めた裁判例は筆者の調査した限りではみあたりませんでした。

北朝鮮映画事件以降の下級審はこぞって、著作権法上の保護客体となる可能性のあるものは著作権法で保護されるべきで、それを超えた一般不法行為の成立を認めない、という論理構成を取っています。cssファイルのデッドコピーに「著作権法上の著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」が認められる余地は皆無ではないですが、一般不法行為成立のハードルはかなり高いと思われます。

北朝鮮映画事件のいう「特段の事情」がどのようなものかはわかりませんが、人格的利益、名誉、営業の自由などはこれにあたると思われます。該当する著作権以外の法的利益の侵害、例えば、デッドコピーの利用により強度の営業権侵害があったとか、公序良俗に反する程度に達するほどの悪性の強い利用態様であり人格権を侵害されたなどと主張立証する意義はあるかもしれません。裁判例の蓄積が待たれるところです。

北朝鮮映画事件(対フジテレビ)と以降の裁判例

北朝鮮映画事件は、北朝鮮で制作された映画について著作権を有すると主張する一審原告が、これを無断で放送した一審被告に対し、著作権侵害等に基づく損害賠償請求等を求めた事件です。なお、北朝鮮映画事件はフジテレビに対するものと日本テレビに対するものがありますが、本事件はフジテレビに対するものです。

最高裁は、問題となる映画が北朝鮮製であり、日本が国家として承認していない北朝鮮との間においては、ベルヌ条約に基づく権利義務関係は発生しないため、著作権法上の著作物には当たらないとしました。

そして、最高裁は、著作権法上の著作物に該当しない著作物の利用行為は、著作権法上の著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないとして、一般不法行為の成立を否定しました。

北朝鮮映画事件
  • 日本が国家として承認していない北朝鮮との間においては、ベルヌ条約に基づく権利義務関係は発生しないため、対象となる映画は著作権法上の著作物には当たらない
  • 著作権法上の著作物に該当しない著作物の利用行為は、著作権法上の著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しない

2 著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。

3 これを本件についてみるに、本件映画は著作権法6条3号所定の著作物に該当しないことは前記判示のとおりであるところ、1審原告X1が主張する本件映画を利用することにより享受する利益は、同法が規律の対象とする日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず、本件放送によって上記の利益が侵害されたとしても、本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとみることはできない。最小判平成23年12月8日・平成21(受)602(北朝鮮映画事件)

この最高裁判決以降、一般不法行為の成立を否定する裁判例は枚挙に暇がありません。

例えば、携帯電話の釣りゲームの著作権侵害を争った事件では、次のとおり一般不法行為の成立が否定されました。

「ある行為が著作権侵害や不正競争行為に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利や商品等表示を独占的に利用する権利は、原則として法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする著作物や周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。」

「第1審原告は、第1審被告らの行為により、信用毀損が生じた旨主張する。しかし、第1審原告の提出する証拠(甲18、19等)によっても、被告作品及び原告作品のユーザーの一部に、両作品を混同している者が存在することが認められるというにすぎず、第1審原告の主張するように、第1審被告らが被告作品を配信したことで、全国の多数のユーザーが原告作品又は第1審原告と被告作品又は第1審被告ディー・エヌ・エーとが同一であると誤認するなどして、第1審原告の社会的信用と営業上の信頼に深刻な影響が出たということまで認めるに足りる証拠はない。」

「仮に、第1審被告らが、被告作品を製作するに当たって、原告作品を参考にしたとしても、第1審被告らの行為を自由競争の範囲を逸脱し第1審原告の法的に保護された利益を侵害する違法な行為であるということはできないから、民法上の不法行為は成立しないというべきである。」平成24年8月8日・平成24(ネ)10027(携帯電話機向け魚釣りゲーム事件)

cssファイルの法的保護の難しさ

このように、cssファイルを法的に保護するのはなかなかに難しそうです。

そもそもcssにGPLを適用し、一定の要件の下で複製・改変・頒布などを自由に認める場合も多いと思いますが、他方でcssファイルにはGPLが及ばないとしてプロプライエタリな販売条件を設ける事業者も多数あります。そのような場合に、cssの法的保護が難しいのは大きな問題です。

css単体ではなく、HTMLファイル・テンプレートや、CMSのテーマ一体としての著作物性を主張したり、頒布の条件にライセンスによる制限を設ける、といったような対応策は一定の効果はあると思われますが、それらの有効性についてはまだまだ未知数です。

笠原 基広