ファイル共有ソフトにおける著作権侵害
違法アップロード=公衆送信権侵害
現在、P2P技術を応用した多くのファイル共有ソフトを沢山の人が利用しています。不特定多数者の間で有用なデータをやりとりできることは、社会の発展に様々に寄与しているでしょう。
とはいえ、そこに著作権者の許諾がないのに著作物をアップロードすることは、インターネット上でその著作物を自動公衆送信しうる状態にしたことになるので、著作権の1つである公衆送信権(著作権法23条第1項)を侵害する行為です。著作権法違反の罪(同法119条第1項)として「10年以下の懲役」若しくは「1000万円以下の罰金」、またはこれらの併科という刑事責任を負うことになります。
したがって、よくあるからといって、軽い気持ちで違法アップロードをしてはなりません。犯罪なので、厳に慎むべきです。
親告罪
あなたが被害者になる場合もありますね。その場合には、違法アップロードをした者について、当然に、著作権法違反の罪として刑事告訴をすることができます。というよりも、公衆送信権侵害罪は親告罪(同法123条)ですので、処罰のためには告訴が不可欠です(なお、2018年12月30日に施行される改正著作権法では、映画の海賊版をネット配信する行為等は、一部非親告罪となります)。
ソフトを公開・提供した者に刑事責任はないのか?
それでは、違法アップロードをした者だけでなく、利用されたファイル共有ソフトを公開・提供した者についても、刑事責任を追及できないのでしょうか?
たしかに、直接的に著作権侵害行為をしたのは違法アップロードをした当人です。しかしながら、被害者からすれば、犯罪行為をする環境を整えた者も同罪であり、「処罰してほしい!」と思うかもしれません。
Winny事件
幇助犯になるか?
「Winny事件」という刑事裁判では、この点が争われました。
被告人は、著名なファイル共有ソフト「Winny」の開発者であり提供者です。(被告人と接点のない)ある2人の利用者が「Winny」にゲームソフトや映画を違法アップロードしたことについて、被告人は、著作権法違反の罪の幇助犯(刑法62条1項)として起訴されました。
中立的行為という難問
幇助犯とは、一般に、他人の犯罪行為を容易ならしめることをいいます。
起訴内容では、被告人が「Winny」を公開・提供した行為が幇助行為であるとされました。「Winny」を介することで、匿名で多くの人にデータ送信が可能となったのだから、その利用者2人による公衆送信権侵害という犯罪行為が容易になったのは明らかであり、幇助犯が成立するのは当然なのではないかと思えますよね。
ですが、「Winny」は適法な用途にも違法な用途にも利用できます。そのため、その公開・提供行為は、刑法学において「(価値)中立的行為」と呼ばれます。違法な行為を容易にしているとしても、それは許された危険であるとか、正当業務行為である等を理由に、幇助犯の処罰範囲を限定すべきだと議論されます。例えば、刃物が凶器として犯罪で使われることがあるからといって、それだけで、包丁職人が罪に問われるべきではないでしょう。
「Winny事件」は、このような難しいテーマを扱ったものでした。裁判所はどのように判断したのでしょうか、気になりますね。
第1審(京都地判平成18年12月13日)
京都地裁は、ソフト自体は価値中立であることを認めました。しかし「本件では、インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので、Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており、Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況の下、被告人は、そのようなファイル共有ソフト、とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し、新しいビジネスモデルが生まれることも期待して、Winnyが上記のような態様で利用されることを認容」していたとして、罰金150万円の有罪判決を下しました。
この判決は、「Winny」で現実にやりとりされるファイルの多くは著作権を侵害するもので、被告人がその現状を認識・認容していたことから、幇助犯の成立を認めたものです。「認識・認容」(幇助意思ないし故意)とは、概ね、ある事柄を分かっていて、それでかまわないと思っていることをいいます。
控訴審(大阪高判平成21年10月8日)
一方、大阪高裁は「被告人は、価値中立のソフトである本件Winnyをインターネット上で公開、提供した際、著作権侵害をする者が出る可能性・蓋然性があることを認識し、それを認容していたことは認められるが、それ以上に、著作権侵害の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めて本件Winnyを提供していたとは認められないから、被告人に幇助犯の成立を認めることはできない」として、無罪判決を下しました。
つまり、「Winny」の利用者が著作権侵害をする可能性や蓋然性を認識・認容しているだけでなく、著作権侵害を利用者に「勧め」なければ幇助犯にならないため、無罪であるとのことです。中立的行為の場合には、「勧め」るという積極的な犯罪行為の促進がない限りは幇助犯にならないと考えたものといえそうです。
検察官は、なぜ「勧め」なければ幇助犯に問えないのかと納得せず、争いは最高裁までもつれこみました。
最高裁(最決平成23年12月19日)
下級審で判断が分かれ、しかも高裁では幇助犯の成立範囲をかなり限定する判断基準が示されたので、最高裁がいかなる結論をだすのかが注目されました。
最高裁は、ソフト公開・提供行為に幇助犯が成立するためには、一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であるとし、本件で被告人において現に具体的な著作権侵害が行われようとしているとの認識・認容はなく、さらに「被告人において、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めることは困難である」と判示し、無罪を言い渡しました。
要するに、著作権侵害を「勧め」ることは幇助犯の成立要件ではないし、被告人には「Winny」利用者の非例外的範囲で著作権侵害があるとの認識・認容はないとして、無罪にしています。
いかがでしょうか。一般的な処罰感情から外れずに、かつ、中立で有用なソフトの開発・提供を過度に委縮させないことにも配慮したもので、合理的に処罰範囲を限定したものといえるのではないでしょうか。
幇助犯の処罰可能性
「例外的とはいえない範囲の者」というのが判然としませんが、少なくとも違法アップロードをする利用者が多数派であれば該当するでしょうし、場合によっては4分の1程度でも該当するかもしれないと読める判示です。この境界線は、はっきりしません。また、提供者がどのような運用をすれば著作権侵害の認識・認容がないと評価されるのかも明確ではないですが、本件では、被告人がインターネット上で違法な利用をしないように警告していたことが考慮されています。
そうしますと、それなりに稀なケースではあると思いますが、違法アップロードが相当割合で横行している悪質なファイル共有ソフトにおいて、あなたが著作権を有する著作物が何者かに違法アップロードされた場合、そのソフトの提供者がそのような利用状況を分かった上で何ら関心をもたず完全に放置しているようなときには、提供者について、著作権法違反の罪の幇助犯として刑事告訴をし、処罰を求める余地があるといえます。
なお、民事上の差止請求(著作権法112条1項)や損害賠償請求(民法709条)等が幇助者に対して認められるのかは、また別の機会にご紹介します。
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