不正競争防止法の品質等誤認表示について
発泡酒をピールと偽ったり、中国製なのに日本製と表示するような行為は、品質等の誤認を生じさせる表示(品質等誤認表示)として、不正競争行為になり得ます(不正競争防止法2条1項20号、本記事では単に20号といいます。)。
不正競争防止法第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為
不正競争防止法は、上記の条文にあるとおり、誤認表示の対象となる事項を列挙しています。
では、この20号に列挙されていない事項について、誤認を招くような表示をした場合も不正競争行為となるでしょうか。
八ツ橋の製造販売をする会社が、ライバルの創業時期や八ツ橋の来歴の表示が品質等誤認表示として不正競争行為にあたるとして、差止め等を求めた事件がありました。
この事件の第一審では、品質等誤認表示の対象となる事項は20号に列挙されている事項に限られ、創業時期等はこれに含まれない上、品質・内容を誤認させる表示にもならないと判断されました。その結果、不正競争行為は認められませんでした。
この事件は控訴審でさらに争われましたが、控訴審でも不正競争という主張は認められませんでした。
京都銘菓「八ツ橋」をめぐり、老舗の「聖護院八ツ橋総本店」(京都市)が根拠なく「創業元禄2(1689)年」を掲げているとして、ライバル社の「井筒八ツ橋本舗」(同市)が表示差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁は11日、請求を認めなかった昨年6月の一審京都地裁判決を支持し、井筒側の控訴を棄却した。二審も「井筒」敗訴 八ツ橋創業表示訴訟―大阪高裁:時事ドットコム
今回は、この八ツ橋事件控訴審について取り上げます。
八ツ橋事件控訴審
(大高判令和3年3月11日・令2(ネ)1568)
本件は、京銘菓である八ッ橋を製造販売する会社がそれぞれ原告(控訴人)、被告(被控訴人)となった事件の控訴審です。被控訴人は、被控訴人の創業年又は八ッ橋の製造開始年が元禄2年(1689年)であるとする記載を含む表示を、被控訴人の暖簾、看板等の営業表示物件に付していました。
控訴人は、そのような行為が改正前の不正競争防止法2条1項14号(現行法20号。以下「20号」といいます)の不正競争行為(品質等誤認表示)に当たると主張し、表示等の差止め及び損害賠償請求をしました。
控訴審でも原審同様、次の事項が争点となりました。
控訴審の争点
- 不正競争行為となるのは20号列挙事項に限られるか
- 創業年や八ツ橋の来歴の表示は品質等誤認表示に該当するか
不正競争行為となるのは20号列挙事由に限られるか
不正競争法は、次の事項を不正競争行為となる誤認表示の対象として列挙します。
商品に関する品質等誤認表示
- 原産地
- 品質
- 内容
- 製造方法
- 用途
- 数量
不正競争行為となる誤認表示がこれらの事項に限られるのであれば、誤認を招く創業年度等が表示されていても不正競争行為とならないとも思われます。
この点について、控訴審はまず、原判決の20号の立法経緯と、それに続く次の部分を引用して、原審の判断を維持し、誤認表示の対象は20号列挙事項に限定されるとしました。
不正競争防止法では、20号の不正競争行為に対し、事業者間の公正な競争の確保という観点から、民事上の措置として事業者による差止め及び損害賠償の請求を認めるだけでなく、不正の目的又は虚偽のものに限って刑事罰を設けているなどの強力な規制を設けているため(同法21条2項1号、5号)、不正競争行為となる対象についての安易な拡張解釈ないし類推解釈は避けるべきであるといえることも併せ考えると、20号の規制対象となる事項は、同号に列挙された事項に限定される京都地判令和2年6月10日・平成30(ワ)1631(八ツ橋事件第一審)
さらに、原審判決を補足し、控訴審は次のように判示しています。
20号の表示事項に該当すれば、差止請求(不正競争防止法3条)や損害賠償請求における損害額の推定(同法5条)などの強力な規制の対象となるのに加え、不正の目的又は虚偽の表示という要件を満たせば刑事罰の対象ともなる(同法21条2項1号、5号)ことからすれば、20号の表示事項は明確に特定されるべきである。規制対象をたやすく拡張するような解釈は、規制範囲が不明確となって、事業者の営業活動を過度に委縮させるおそれがあり、相当でない。
したがって、20号の定める「品質」「内容」に、これらの事項を間接的に示唆する表示が含まれる場合がありうるにしても、そのような表示については、具体的な取引の実情の下において、需要者が当該表示を商品の品質や内容等に関わるものと明確に認識し、それによって、20号所定の本来的な品質等表示と同程度に商品選択の重要な基準となるものである場合に、20号の規制の対象となると解するのが相当である。
大阪高裁令和3年3月11日・令2(ネ)1568号(八ツ橋事件控訴審)
裁判所の判断
- 20号の規制対象となる事項は、同号に列挙された事項に限定される
- 20号の表示事項は明確に特定されるべきであり、規制対象をたやすく拡張するような解釈は相当でない
- 20号列挙事項を間接的に示唆する表示は、具体的な取引の実情の下において、需要者が表示を商品の品質や内容等に関わるものと明確に認識し、それによって、20号列挙事項と同程度に商品選択の重要な基準となるものである場合に、20号の規制の対象となる
創業年の表示が品質、内容の誤認を惹起するか
控訴審は、被控訴人の創業年や八ツ橋の来歴は、八ツ橋の品質、内容を直接表示するものではないから、上記の規範に該当する場合に限り20号の規制対象となり得る旨、判示しました。
その上で、誤認の対象となる事実は、客観的に真偽が検証・確定されるような事実であることが想定されているが、被控訴人の創業年度や八ツ橋の来歴は300年以上も前のことなので、客観的に真偽を検証・確定することが困難である上に、需要者もそのように容易に認識するものとして、需要者に商品の品質や内容の誤認を惹起するものではないとして、不正競争行為ではないとしました。
裁判所の判断
- 創業年や八ツ橋の来歴は、八ツ橋の品質、内容を直接表示するものではないから、具体的な取引の実情の下において、需要者が表示を商品の品質や内容等に関わるものと明確に認識し、それによって、20号列挙事項と同程度に商品選択の重要な基準となるものである場合に、20号の規制の対象となる
- 誤認表示の対象となる事実は、客観的に真偽が検証・確定されるような事実であることが想定されている
- 創業年度や八ツ橋の来歴は300年以上も前のことなので、客観的に真偽を検証・確定することが困難である上に、需要者もそのように容易に認識するものだから、需要者に商品の品質や内容の誤認を惹起するものではない
要するに、裁判所は、創業年や八ツ橋の来歴の話は300年以上の前のことで真偽不明だし、需要者も真偽不明と認識するのでこれで誤認を生じるようなものでもない、と判断しています。
様々な分野でいわゆる本家争いが生じますが、あまりに古い話だと、裁判所も判断しようがないということで、同種の本家争いの事案についても参考になる判決です。
判決文抜粋を見る
もっとも、品質等誤認表示に該当すると認められるには、さらに、当該表示が商品の品質や内容等の誤認を生ぜしめるものであることが必要である。すなわち、当該表示が、実際の商品の品質や内容等とは、客観的事実として異なる品質や内容を需要者に認識させるものであることが必要である。
かかる誤認の対象となるのは、客観的に真偽を検証、確定することが可能な事実であることが想定されているというべきであり、客観的資料に基づかない言い伝え、伝承の類であって、需要者もそのように認識するような事項は、対象とならないと解するのが相当である。
(中略)
本件における被控訴人の創業年は、Dが自らの事業を法人化して被控訴人を設立する前の個人事業について、Dの先祖が創業したと伝えられる時期をいうものと解されるが、300年以上前のことであるから、商業登記簿などといった公的な客観的資料により確定できるものでないことは明らかである。そして、前記認定事実に照らすと、被告各表示に記載された被控訴人の創業年やこれに関連する八ッ橋の起源、来歴は、明確な文献その他の資料の存在しない言い伝え、伝承によるものと理解される。また、被告菓子である八ッ橋の起源についても、前記認定事実のとおり、その起源、来歴については、複数の説が存在し、多くが江戸時代の話を同時代の資料を提示せずに伝承として伝えるものにとどまり、客観的に真偽を検証、確定することが困難な事項というべきである。
(中略)
被告菓子の需要者である全国の一般消費者の認識としても、300年以上前の江戸時代に起こった事柄は、特段の資料を提示した説明がされているような場合以外、客観的に検証、確定できないことは、経験則上、容易に推測できるといえる。
そうすると、被告各表示は、需要者にとって、被控訴人が江戸時代前期に創業し、被告菓子の製造販売を始めたようであるとの認識をもたらすとしても、同時に、これらがいわゆる伝承の類にとどまり、客観的な真偽を検証、確定することが困難な情報であるということも、需要者に容易に認識されるものであるというべきである。
以上によれば、被告各表示は、需要者に商品の品質や内容の誤認を生ぜしめるものであるとはいえず、20号の規制する品質等誤認表示に当たるとは認められないと解するのが相当である。
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