頒布された刊行物に記載された発明とは?新規性を失わせないためにできること

刊行物

【概要】刊行物記載による新規性喪失について

新規性、進歩性、産業上の利用可能性などの特許要件をみたす発明をした者は、その発明について特許を受けることができます。

発明の新規性喪失事由としては、世界のどこかで、公然知られたこと(公知)、公然実施をされたこと(公用)、頒布された刊行物に記載等されたこと(刊行物記載)が挙げられます(特許法29条1項各号)。

ここでいう刊行物とは「公衆に対し、頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体」をいいます。よって、少数であっても、秘密保持契約を締結していない者に対して頒布した文書であれば、この「刊行物」にあたり、これに記載されている発明は新規性を喪失します。

発明が記載された文書等を他人に提示するときは、新規性を喪失させないため、秘密保持契約を締結するか、事前に特許出願を済ませてからにするのが無難です。

詳しくは以下をご覧下さい。

◆新規性喪失事由

新規性をはじめとする特許要件を充たす発明をした者はその発明について特許を受けることでき、その発明の実施に独占的排他権を有します。

新規性のない発明とは次のようなものをいいます(特許法29条1項各号)。

新規性を喪失する発明
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明

新規性を喪失する事由の一つとして、頒布された刊行物に記載された発明であることが挙げられます。

それでは、この頒布された刊行物とはどのようなものをいうのでしょうか。

◆頒布された刊行物とは

刊行物とは「公衆に対し、頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体」のことをいいます。この定義は次の最高裁判例において示されたもので、そのまま審査基準にも記載されています。

特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し、頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体であって、頒布されたものを指す。
最小判昭和55年7月4日・昭和53(行ツ)69(一眼レフカメラ事件)

刊行物には、不特定又は多数を対象にした「公開性」と、頒布を目的にするという「頒布性」が必要です。

原本そのものは頒布された刊行物か?

上記定義によれば、刊行物は頒布により公開することを目的として複製されることを要します。それでは、原本が閲覧できる状態になっているにすぎない場合はどうでしょうか。

判例は、原本であって複製されていなくても、誰にでも複写して交付されるような状態におかれているものであれば、頒布された刊行物として差し支えないとしています。

よって、1部しかない原本であっても、図書館や行政機関におかれて複製可能な状態になっている場合は、刊行物に該当します。

公衆に対し頒布により公開することを目的として複製されたものであるということができるものは、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られるとしなければならないものではなく、右原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整つているならば、公衆からの要求をまつてその都度原本から複写して交付されるものであつても差し支えない。最小判昭和55年7月4日・昭和53(行ツ)69(一眼レフカメラ事件)

特定の者に配布されたにすぎない場合は刊行物の配布といえるか?

頒布された刊行物とは「公衆に対し」公開することを目的として複製された文書等をいいます。

秘密保持契約を締結している特定の者に配布されるにすぎない書面は、これにアクセスできる者は限られていますので、公衆に対して公開することを目的としているとはいえません。よって、これに記載された発明は新規性を喪失しているとはいえません。

この点に関して、上記最高裁判例と異なる表現で、「刊行物」を「頒布」するとは、不特定の者に向けて、秘密を守る義務のない態様で、文書、図面その他これに類する情報伝達媒体を頒布するこというものと定義した裁判例があります。この裁判例では、洗濯機の製造・販売を行う業者が作成したテクニカルガイドについて、明示・黙示の守秘義務の存在を認めず、不特定の者に向けて、守秘義務のない態様で頒布したものとして、刊行物にあたるとしました。

この定義によれば、守秘義務を負担する者に対する文書の交付は刊行物の頒布にはなりません。

特許法29条1項3号所定の「刊行物」を「頒布」するとは、不特定の者に向けて、秘密を守る義務のない態様で、文書、図面その他これに類する情報伝達媒体を頒布することを指す。(略)

甲1のようなテクニカルガイドは、サービス業者の便宜のために頒布されるものであって、顧客(消費者)に交付されることは想定されていない(乙1)。しかし、そのような趣旨で作成されたものであったとしても、そのことから直ちに、甲1について秘密保持契約が締結されていたと認定することはできない。のみならず、甲1について、黙示にも秘密保持契約が締結されていたと認定することはできない。(略)

以上のとおり、甲1は、本件特許出願前に配布されたものであり、頒布された刊行物に該当するから、本件特許出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
知高判平成22年6月29日・平成21(行ケ)10323

◆インターネットにおける開示による新規性喪失

今日ではインターネット上に多数の情報が開示されています。基本的にはインターネットで公開された発明は「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」に該当し、新規性を喪失します。ただし、インターネット上の情報は膨大で、公開日が不明なことがあり、改変も容易ですので、インターネットにおける公開による新規性喪失は、立証に若干の困難が伴います。

「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた」ものといえるためには、現実に誰かがアクセスしたという事実を必要を必要とせず、公知のウェブページ等からリンクをたどって到達でき、検索エンジンに登録され、URLが公衆への情報伝達手段に載っているウェブページで、アクセス制限がされていないものであれば、これにあたります。一方で、サーバ内に蔵置されているのみで誰からもアクセスできないもの(孤立ファイル)や、パスワード保護され守秘義務のある者にのみ開示されるようなファイルは、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能になった」ものとはいえません。

なお、インターネット上の情報は、インターネットアーカイブ(ウェイバックマシン)に保存されていることがありますが、その信用性については、肯定する裁判例と否定する裁判例があり、ケースバイケースのようです。他の民間サービス(ウェブ魚拓、Googleキャッシュなど)に保存されている情報についても、個々のケース毎に日付と内容の信用性を精査することになるでしょう。

◆発明開示の程度

刊行物に記載されていたというためには、出願時の技術水準を基礎として、当業者が容易に実施しうる程度に開示されていることが必要です。ただし、開示が不十分であったとしても、次にはその開示から容易に発明に至ることができるかという進歩性の問題になりますので、細かくこれを議論する実益は大きくありません。

また、内容の把握が可能であれば、外国語で記載されている発明や、図・写真によって把握できる発明も、これに含まれます。

◆新規性喪失を防止するためにできること

このように、発明を刊行物に記載したり、インターネットで開示したりすると、新規性が失われます。刊行物といっても新聞、雑誌、論文等に限られず、少数の取引先に文書を配布するような場合でも、配布先に秘密保持義務がなければ、新規性が失われます。

よって、特許出願する可能性のある発明(技術)が記載された文書等を他人に交付するときには、先に特許出願しておくか、秘密保持契約を締結しておくのが無難です。また、新規性喪失事由に心当たりがある場合には、出願時に新規性喪失の例外の適用も検討すべきでしょう。

発明の新規性喪失の例外(特許法30条)とは?裁判例が明かす適用要件と注意点

訴訟における権利行使時に、刊行物記載による新規性(ないし刊行物記載に基づく進歩性)喪失による無効事由があるということで、権利行使できない(特許法104条の3)と判断される事例は枚挙に暇がありませんので、少なくとも自身の行為については注意を怠らないようにするのが肝要です。