公知の物の新規用途について
新型コロナの治療薬として、本来は他の用途に向けて開発された治療薬が注目されています。例えば、ノーベル医学・生理学賞を受賞された大村智氏が発見・開発されたイベルメクチンは、当初は動物用の駆虫薬でしたが、人に対する駆虫薬としても投与されるようになり、現在は新型コロナの治療薬としても注目されています。
治療薬に限らず、公知の物について新たな用途が発見される場合があります。公知の物ではあっても新規な用途を発見した場合には、「用途発明」として特許を取得可能です。
用途発明とは
用途発明とは、➀ある物の未知の属性を発見し、➁この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見出したことに基づく発明、などと定義されます(特許審査基準第III部第Ⅱ章第4節3.1.2.)。
用途発明とは
- ある物の未知の属性を発見し
- この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見出したことに基づく発明
例えば、特定の物質Xを含有する「電着下塗り用組成物」に関する発明が特許されているとします。同一の組成物が船底への貝類の付着を防止するという未知の属性を発見した場合は「特定の物質Xを含有する船底防汚用組成物」という用途発明として特許可能です。
上記例では既に特定の物質Xを含有する組成物自体は公知になっており、前者と後者とは用途限定以外の点では異なるところはありません。すなわち、発明の技術的特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)は用途の部分に存するのみです。
しかし、これが上記➀及び➁の要件を充たす場合には、同じ組成物に関する異なる発明として特許可能となります。
用途発明にならない場合
他方で、ある物について未知の属性を発見したとしても、その物の用途として新たな用途を提供したとはいえない場合には、用途発明とはいえません。
例えば、「角質層を軟化させ肌への水分吸収を促進するとの整肌についての属性」に基づく、「成分Aを有効成分とする肌の保湿用化粧料」が公知だったとします。
これとは違う、「体内物質 X の生成を促進する」という肌の改善についての未知の属性に基づくもの「成分 Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」の発明は、未知の属性に基づくものではありますが、両者の用途を区別することはできません。
よって後者は、「シワ防止用」という用途限定があったとしても、用途発明とはなりません。
また、一般的に「~用」という表現が付されていても、「化合物」、「微生物」、「動物」又は「植物」については、その有用性を表現したにすぎませんので用途発明とはならず、用途限定のない「物の発明」とされます(同3.1.3)。ただし、この点については、特許請求の範囲の表現にとらわれずついては実質的に判断すべきとする意見もあるようです。
用途発明の実施
用途発明の「物」自体は公知のことがあり、その物自体を生産、譲渡などする場合には、公知品の生産、譲渡とも解釈することが可能です。
上記の例では、「特定の物質Xを含有する船底防汚用組成物」という用途発明に用いる「特定の物質Xを含有する組成物」は既に公知です。よって、当該組成物を製造・販売は、単なる公知品の製造・販売になりかねません。
それでは、どのような場合に、特許権で保護される用途発明の実施といえるでしょうか。
この点については、裁判例、学説ともにまだ定説はないようですが、次のように類型化することは可能かもしれません。
用途を標榜して製造・販売されているもの
用途発明を、上記の①、②を充足する発明として捉えた場合、少なくとも用途を標榜して製造、販売等されている場合には、用途発明にかかる特許(用途特許)を侵害するという立場が一般的です。
上記例でいうと、単なる「特定の物質Xを含有する組成物」ではなく、「特定の物質Xを含有する船底防汚用組成物」として販売されているような場合です。
特に、医薬品等には特定の用法があり、添付文書等にそれが示されてることが多いです。医薬品の用途特許がある場合、そのような用法を特定し医薬品を製造、販売する行為は、用途特許を侵害すると考えてもよいでしょう。
他方で、一見用途発明に見える場合であっても、用途が付されているだけで用途自体には技術的特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)がない場合には、上記の定義における用途発明とは異なります。物の方に発明の技術的特徴がある場合には、用途は発明を限定するものとはいえず、その物自体の販売で特許権侵害となる可能性があります。
単なる物として製造・販売等されているもの
物自体は公知だが用途発明として特許がされている場合、用途を標榜せず物を販売するのは単なる「公知の物」の販売となります。しかし、このような場合であっても、販売された物を業として用途どおりに使用すると用途発明特許を侵害することになります。物の発明の「実施」には、物の生産、譲渡等とならび、物の「使用」も含まれるからです。
用途特許がある場合、用途を標榜せずにされる物の販売等についての特許権侵害の成否については裁判例も分かれています。侵害を認めた裁判例、認めなかった裁判例がありますが、認めた裁判例でも、損害賠償額の算定には用途が考慮されています。
間接侵害
特許が物の発明についてされている場合、業として、その物の生産にのみ用いる物(専用品)を生産等する行為は、特許権を侵害するとみなされます(特許法101条1号)。いわゆる専用品間接侵害の規定です。
用途発明が物の発明としてなされている場合、物自体が公知であり他の用途があることが多いです。そうでなければ用途発明ではなく物自体に特徴のある発明になるからです。
そうすると、用途発明における物は、「その物の生産にのみ用いる物」とはいえないことが多いと思われ、専用品間接侵害は成立しにくいです。
一方で、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの(課題解決不可欠品)につき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産等をする行為も特許権侵害とみなされます(同2号)。いわゆる知情間接侵害の規定です。
用途発明における物は、課題解決不可欠品である場合が多いでしょうから、情を知りながら生産等をすると、知情間接侵害に該当する可能性はあります。
用途発明には注意が必要
上記のように、用途特許は、侵害とされる条件について予測可能性が高いとはいえません。医薬品等の用法が厳格に定まっているような場合はさておき、用途発明を特許出願する場合には注意が必要です。
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