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1 書体の著作権
1.1 書体・タイプフェイスとは
印刷物などで用いられる文字は、一定の方針に基づいて統一的にデザインされています。例えば、日本語では明朝体、ゴシック体、教科書体などがありますし、英文ではローマン、セリフ、サンセリフといったものがあります。
このような文字のデザインは、一般的には書体、タイプフェイスなどとよばれています。

それでは、このような書体に著作権はあるでしょうか。
1.2 書体の著作権
著作権が認められる「著作物」とは、著作権法2条1項1号により、以下のように定義されています。
①思想又は感情を、
②創作的に、
③表現したものであって、
④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する、
もの
例えば、大量生産される無個性な工業製品などは、創作性が否定される結果、著作物性を欠き、著作権は発生しないといわれています。
それでは、書体についてはどうでしょうか。書体の著作物性について最高裁で争われた著名な判例をご紹介します。
最高裁は、印刷用書体の著作物性について、(1)従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えること、(2)それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていること、が必要であると判示しています。
一見すると、印刷用書体についても著作物性が認められる余地がありそうです。しかし、コンピュータでの表示や印刷といった実用に供される書体が「それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていること」はまれでしょうから、書体に著作権が発生するのはごく例外的な場合のみだ、といってよさそうです。
1.3 最高裁判決:ゴナ書体事件(最小判平成12年9月7日)
書体の著作権について判断した判例をご紹介します。
この事件は、印刷用書体等の製作・販売等を業とする原告が、同業の被告の販売する書体の製造・販売が、原告の創作した書体の複製権を侵害したとして、販売差し止め等を請求した事件です。第一審(大坂地判平成9年6月4日)、第二審(大阪高判平成10年7月17日)共に、原告の請求を棄却しました。
最高裁は次のように述べて、書体の著作物性を否定しました。
「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。この点につき、印刷用書体について右の独創性を緩和し、又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると、この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるおそれがあり(著作権法一九条ないし二一条、二七条)、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。また、印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。」
(原告の書体は)「従来からあるゴシック体のデザインから大きく外れるものではな」く、「書体が、前記の独創性及び美的特性を備えているということはできず、これが著作権法二条一項一号所定の著作物に当たるということはできない。」
2 書体のプログラムとしての保護
それでは、書体は全く法的保護を受けないのでしょうか。各社が美しい書体を販売していますので、これが全く保護されないとなると困りますよね。
書体のプログラムには、次の法的保護が認められています。
2.1 書体のプログラムとしての保護
上記のとおり、通常は書体そのものに著作物性は認められません。しかし、これは画面に表示されたり、印刷された文字のデザインそのものに著作物性が認められないことをいうのみです。
一方、コンピュータ等で表示させる書体はフォントプログラムとして提供されます。一般的には、フォントプログラムはプログラムの著作物として著作物性が認められ、著作権法の保護を受けます。
フォントを表示させたり印刷するためには、現実的にはコンピュータを使用することが多いでしょう。そういう点では、フォントを創作し、フォントプログラムとして販売するような場合は著作権法によって一定の保護を見込むことができます。
一方で、印刷されたフォントをコピーする場合(上記判例も、フォントを用いた制作物をコピーなどする場合に、違いがわかりにくいフォントの著作権を逐一確認することが必要となるような事態を危惧しているように思われます)のように、出力や表示されたフォントのデザインそのものについては、著作権法の保護は及びにくいといえます。
2.2 大坂地判平成16年5月13日
フォントプログラムの著作物性を認めた裁判例をご紹介します。
この裁判例は、フォントプログラムを開発・販売している原告が、顧客に販売したパソコンに原告のフォントプログラムの海賊盤をインストールしている被告に対し、フォントプログラムの使用差し止め、消去、損害賠償等を請求した事案です。
裁判所は、フォントプログラムの使用差し止め及び消去を認めました。また、次のように述べて、被告の損害賠償額を認定しました。
「被告が本件フォントプログラムの海賊版をインストールしたハードディスクの台数及び書体数の認定に当たっては、合理的な推計によらざるを得ない。上記台数及び書体数は、被告らの著作権侵害行為によって原告が被った損害額を立証するために必要な事実というべきであるから、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定することができる」
本件で裁判所は、フォントプログラムの著作物性は当然に認められるとの立場に立っています。
3 不正競争防止法による保護
3.1 不正競争行為の類型
それでは、書体は不正競争防止法によって保護されるでしょうか。
不正競争防止法では、様々な行為を不正競争として定義しています(不正競争防止法第2条)。不正競争防止法によって禁止される不正行為は、大きく分類すると次のようなものです。
- 周知商品等表示に対する混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号)
- 著名商品等表示冒用行為(同2号)
- 商品形態模倣行為(同3号)
- 営業秘密不正取得・利用行為等(同4号ないし10号)
- その他(同11号ないし22号)
3.2 書体は不競法上の「商品」か
まず、書体は不正競争防止法における「商品」に該当するでしょうか。
書体は有体物ではありませんが、このような無体物も不正競争防止法上の「商品」になり得ます。書体が不正競争防止法の「商品」に該当するか否かについて、裁判例では、「経済的な価値に着目して取引対象となるものが有体物に限定されなければならないとする合理的な理由は見いだし難い」として、商品該当性を肯定しています。
書体が「商品」であるとすれば、書体の形態は「商品等表示」といえそうです。これについて、裁判例は、「書体自体が持つ形態的特徴によつて広く認識されている」として、書体が商品等表示となることを認めています。
3.3 モリサワタイプフェイス事件(東高決平成5年12月24日)
書体の形態的特徴を不競法の「商品等表示」とした裁判例をご紹介します。
3.3.1 事案の概要
この事件は、書体を販売等している抗告人が、その書体と同一のものをデジタルフォント化して記憶媒体に入力し、これを搭載したプリンタを販売している被抗告人に対し、不正競争防止法一条一項一号に基づく記憶媒体の製造・販売禁止を求めたものです。
この事件では、書体は無体物であることから、不正競争防止法上の「商品」に該当するか否かが争われました。
3.3.2 裁判所の判断
裁判所は、不正競争防止法の「商品」の用語の解釈にあたり、次のように述べて無体物の商品性を認めました。
「不正競争防止法は、公正な取引秩序の維持、確立を目的とするものであるから、取引の実情を踏まえ、その実情の中において、公正な取引秩序の維持、確立の観点に立ち、同法が規定する前記の不正競争行為の類型に該当するか否かを検討すべき」とした上で、「「商品」の概念についてみると、経済的価値を肯定され取引対象とされる代表的なものとして有体物があることはいうまでもないところであるが、社会の多様化に伴い、新たな経済的価値が創出されることは当然のことであることからすると、その有する経済的な価値に着目して取引対象となるものが有体物に限定されなければならないとする合理的な理由は見いだし難い」
「無体物であつても、その経済的な価値が社会的に承認され、独立して取引の対象とされている場合には、それが不正競争防止法一条一項の規定する各不正競争行為の類型のいずれかに該当するものである以上(中略)これを前記の「商品」に該当しないとして、同法の適用を否定することは、同法の目的及び右「商品」の意義を解釈に委ねた趣旨を没却するものであつて相当でない」
そして書体についても商品該当性を肯定しました。
「印刷業者、新聞社、プリンターメーカー等は、それぞれ自己の用途にとつて最も好ましいと考える特定の書体を選択し、当該書体メーカーと有償の使用許諾契約等を締結してその書体を使用しているものということができるから、抗告人らの書体メーカーによつて開発された特定の書体は、正に経済的な価値を有するものとして、独立した取引の対象とされていることは明らかというべきである。そうすると、かかる性格を有する書体を単に無体物であるとの理由のみで不正競争防止法一条一項一号の「商品」に該当しないとすることは相当ではない」
さらに、「抗告人書体は前記のような業界の者に、書体自体が持つ形態的特徴によつて広く認識されているものということができる。」として、書体の形態的特徴を「商品等表示」としました。
3.3.3 書体は「商品等表示」として保護されうる
このように、書体は、それ自体の形態的特徴をもって「商品等表示」となり得ます。よって、これがユーザーに広く知られていたり、著名である場合には、不正競争防止法によって、保護される可能性はあります。
ただし、周知性、著名性のハードルはかなり高く、書体が周知性を否定された事案もあります。よって、書体が全て保護されるものではなく、あくまでも一部の周知のものが保護されることがあるに留まります。
3.4 ポップ用書体不正競争事件(東地判平成12年1月17日)
書体は商品等表示になり得ると一般論を示した上で、周知性を認めなかった裁判例をご紹介します。
この事件は、書体を販売等している原告が、その書体と同一ないし類似のものを製作・販売等している被告に対し、不正競争防止法2条1項1号に基づく記憶媒体の製造・販売禁止と、損害賠償を求めたものです。
この事件において、裁判所は次のように、書体が商品等表示となり得るという一般論を示しました。
「商品の形態は、必ずしも商品の出所を表示することを目的として選択されるものではないが、商品の形態が他の商品と識別し得る独特の特徴を有し、かつ、商品の形態が、長期間継続的かつ独占的に使用されるか、又は、短期間であっても商品形態について強力な宣伝等が伴って使用されたような場合には、商品の形態が商品等表示として需要者の間で広く認識されることがあり得る。」
しかし、問題となった書体については、次のように述べて、周知商品等表示に該当しないとしました。
「原告ら主張に係る原告ポップ文字の形態上の特徴は、いずれも、原告ポップ文字のみに特有の形態であるということはできないこと、仮に、個々の形態の組合せに独自性があったとしても、原告ポップ文字を搭載した印刷関連機器の販売数及び宣伝等の状況に照らすと、そのような組合せにおける独自性により、需要者に強い印象を与えることはないと解され、そうすると、原告ポップ文字の形態上の特徴が、その特徴をもって、原告らの出所表示ないし商品等表示となり、かつ、その点が周知であったと解することはできない」
4 民法による保護
4.1 契約関係がある場合
書体の使用者は、提供者との間で、書体の提供にあたって「フォント使用許諾契約」を締結することが多いです。この契約に違反してフォントを不正利用すれば、債務不履行として損害賠償等を請求される場合があります。ただし、これは書体をベンダーより購入したユーザのように、使用者と提供者が契約関係にある場合に限られます。
4.2 契約関係が無い場合
それでは、書体の提供者と、使用者が契約関係にない場合はどうでしょうか。勝手に書体を使用した者が、不法行為(民法709条)に問われる可能性はあるでしょうか。
これについて、裁判例は今のところ、不法行為性を否定しています。
4.3 大高判平成26年9月26日
フォントの無許諾利用について、不法行為性を否定した裁判例をご紹介します。
この事件は、フォントベンダーである原告・控訴人が、これを無許諾で使用した被告・被控訴人に対し、不法行為を構成するなどとして損害賠償等を請求したものです。
この事件において、裁判所は次の通り、デザインの利用が、著作権法、意匠法等の知的財産権関係の法律の保護対象とならない場合には、当該デザインの利用行為は、各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないと一般論を述べました。
「現行法上、創作されたデザインの利用に関しては、著作権法、意匠法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を設定し、その権利の保護を図っており、一定の場合には不正競争防止法によって保護されることもあるが、その反面として、その使用権の付与等が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権等の及ぶ範囲、限界を明確にしている。上記各法律の趣旨、目的にかんがみると、ある創作されたデザインが、上記各法律の保護対象とならない場合には、当該デザインを独占的に利用する権利は法的保護の対象とならず、当該デザインの利用行為は、各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」
フォントについては法的保護の対象とならないとして、無断使用について不法行為性を否定しました。
「知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益とはいえず、前記のとおり法的保護の対象とはならない」


・書体そのものは、著作権法では保護されないに等しい
・書体のプログラムは著作物として著作権法の保護がある
・書体が周知であれば、不正競争防止法の保護がある
・使用許諾契約による保護はある
といえるかと。