1.特許権等譲渡契約について
特許権や特許を受ける権利を第三者に譲渡する場合には、譲渡契約を締結する場合が多いかと思います。契約書を作成することによって、譲渡に際して当事者が合意した条件が文書によって明らかになりますので、契約書作成は必須といえます。
本記事では、そのような契約の条項例と、注意すべきポイントを取り上げました。
特許権や特許を受ける権利(併せて特許権等といいます)を譲渡する契約に含まれる主要な条項は次のとおりです。
- 譲渡の対象
- 譲渡対価
- 移転登録等の手続
- 表明・保証
- 対価不返還
- 費用負担
- 協力義務
- 不争条項
- 一般条項
2.契約当事者の記載
甲、乙などといった、契約当事者の契約書中での名称は前文で定義する場合が多いです。条項数の多い契約書ですと「定義」条項を設ける場合もあります。
この当事者の記載は特に権利義務関係に影響するものではないですから、当事者が好きに定義すればよく、一般的な契約書において当事者は甲、乙などと記載されています。甲乙丙丁といった表現は、契約書における当事者の記載として最も多く使われていて違和感がないですし、契約書ひな形を使い回すときに便利です。さらに、漢字一文字という短い記載ですみます。
しかし、紙に印刷された契約書を使い回す類型の契約(不動産賃貸借とか貸金契約書)であればともかく、ワープロでその都度作成するような契約書であれば、この部分を工夫してわかりやすくすべき、という意見も散見されます。特に、当事者が多い多当事者間の契約で甲乙丙丁と書かれていると、一層わかりにくくなります。
甲乙丙丁以外にも契約当事者の記載方法は各種あります。会社名の略称(例えば商号より「株式会社」などを除いた部分や、その頭文字等)で定義する場合や、当事者の地位に基づく記載とする場合(譲渡人・譲受人、賃貸人・賃借人など)があります。また、当事者の地位に基づく記載にする場合には、定義語であることを明確にするため、本譲渡人・本譲受人、というような記載にする場合もあります。
本記事では、条文だけをみても理解できるよう、あえて当事者をその地位によって記載することにしました。特許権等を譲渡する当事者を「本譲渡人」、譲り受ける当事者を「本譲受人」とします。
株式会社●▲■と(以下、「本譲渡人」という。)と、△□○株式会社(以下、「本譲受人」という。)とは、本譲渡人の保有する特許権等の、本譲受人に対する譲渡に関し、次の通り契約を締結する。
3.主要な条項と解説
3.1 譲渡の対象
本契約における譲渡の対象となる権利を特定します。
譲渡の対象となる権利は、特許出願後であれば出願番号・特許番号と発明の名称で特定できます。特許出願前の場合には、何らかの手段で発明の内容を特定する必要がありますが、発明届出番号や発明の概要で特定することが可能です。
また、特許権等譲渡契約で最も中核的な権利義務となる、権利の譲渡を明確に記載します。案外これがかかれていないことがありますので、要注意です。
本譲渡人は本譲受人に対し、本譲渡人の保有する次の特許権及び特許を受ける権利(以下、「本特許権等」という。)を譲り渡し、本譲受人はこれを譲り受ける。
特許番号 特許第●●●●●●●号
発明の名称 ●●●を●●●する機器、及びその方法
特許出願番号 特願●●●●-●●●●●●
発明の名称 ××××の製造方法
3.2 譲渡対価
譲渡の対価及びその支払方法・条件を記載します。振込手数料を負担すべき当事者についても記載するといいでしょう。
本譲受人は、本譲渡人に対し、本特許権等の譲渡対価として金____円(消費税含)を、本契約締結の日より7日以内に、本譲渡人の別途指定する銀行口座に送金する方法によって支払う。振込手数料は本譲受人の負担とする。
3.3 移転登録等の手続
特許権の譲渡による移転は登録原簿に記録されることによって(特許法98条)、出願後における特許を受ける権利の移転は特許庁長長官へ届け出ることによって、法律上の効力が生じます(特許法98条、34条4項)。すなわち、登録や届出が効力発生要件であり、登記が第三者対抗要件である土地の譲渡等とは事情が異なります。
出願前における特許を受ける権利の移転は、特許出願が第三者対抗要件です(34条1項)。
いずれにせよ、譲受人は速やかに必要な手続をする必要がありますので、そのような手続への譲渡人の協力義務を規定しておくのが重要です。以下の例文では対価支払いを先履行としています。
なお、書類一式の交付の場所を規定したり、譲渡証といった具体的な書類名を例示列挙しておくのがなお望ましいです。
本譲渡人は、本譲受人が本特許権等の対価を支払った後直ちに、本特許権等の移転手続に必要な書類及び本特許権等の出願に関する書類一式を、本譲受人に対し交付する。
3.4 表明・保証
譲渡人が、譲渡の対象となる特許権や特許を受ける権利に拒絶理由や無効事由がないことを保証することは困難です。譲渡人は特許出願時に新規性・進歩性などの調査をしているかもしれませんし、特許庁の審査を経て登録された特許権は一応は特許要件を備えているといえますが、出願人や特許庁が覚知していない無効事由などが隠れている場合があります。
しかし、出願前に実は発明の内容を公に実施していた、というような譲渡人(出願人や特許権者)のみが知りうる特許無効理由が隠されていることがありえます。
さらに、特許権について通常実施権が設定されている場合、実施権者は特許権の譲受人にもこれを当然に対抗できます(99条)。譲受人は、特許発明の実施を独占するために特許権を譲り受けるのにもかかわらず、実施権者が設定されていた場合にはこの独占ができないことになってしまいます。よって、そのような実施権が設定されているか否かによって、特許権譲渡の対価の額等がかなり異なってくるものと思われます。
このように、特許権等には、譲渡人しか知り得ない法的な瑕疵や制限が付着している場合があります。
そこで、契約時点で無効審判請求がされていないことや、譲渡後に第三者が権利を主張してくるようなことがないことなど、譲渡人が知りうる事項については保証をしておくと、譲受人も安心です。
よって、特許権等について譲渡人が知っている事項について表明・保証をすることがよく行われています。
譲渡人が表明・保証に反した場合には、即時契約解除をできる旨の規定も入れておくとより安心です。
なお、譲渡人としては、自身が知らない事項(隠れた無効事由など)についてまで保証をしてしまうと、予期せぬ事由で契約解除されかねませんので、表明保証をする事項を自身が覚知可能なものに限定するとよいでしょう。
1 本譲渡人は、本譲受人に対し、本契約締結の時点において、次の各号が真実であることを表明し、これを保証する。
⑴ 本特許権等が有効に存在しており、拒絶査定、取消決定、無効審決及び取消・無効の判決が存在していないこと
⑵ 本譲渡人は、本特許権等の全部を譲渡する真正かつ完全な権原を有し、当該譲渡についていかなる制限も存在しないこと
⑶ 本譲渡人の知る限り、拒絶、無効又は取消理由(以下、「無効理由等」という。)が存在しないこと
⑷ 本特許権等の無効理由等について、第三者からいかなる通知、指摘又は示唆もされていないこと
⑸ 本特許権等の有効性又は帰属を争う申立、訴訟、仲裁、審判、調停その他の手続が開始されていないこと
⑹ 本特許権等に、第三者の担保権又は実施権を設定していないこと
2 本譲渡人が前項各号の表明保証に違反した場合には、本譲受人は直ちに本契約を解除することができる。
3 第1項各号の表明保証を除き、本譲渡人は、本特許権等に他の無効理由等が存在しない旨の一切の保証をしない。
3.5 対価不返還
特許権には特許権者や特許庁が気づいていない無効事由が隠れている場合があり、いつ無効になるかわかりません。第三者に対し特許権を行使しようとして、特許権侵害訴訟中で特許無効の抗弁が成立して特許無効と判断される例も多いです。
特許が無効審判によって無効になった場合、特許権ははじめから存在しなかったものとみなされます(125条)。つまり、譲受人は何の権利も得られなかったことになります。
特許が無効になった場合、譲受人が不当利得や契約の錯誤無効を主張して対価の返還を要求することがあり得ます。このような紛争を事前に防止するため、対価の不返還条項を設けることがあります。ただし、債務不履行、表明保証違反、反社条項違反などで解除された場合にまで対価返還を拒めるというのは不合理ですので、そのような場合は除外します。
本譲渡人は、本特許権等の移転手続完了後においては、いかなる理由があっても、本契約に基づき本譲渡人に支払った金員を一切返還しない。ただし、本契約が有効に解除された場合及び誤計算等の明白な過誤の場合はこの限りでない。
3.6 協力義務
譲渡の前後を問わず、無効審判や訴訟などの法的手続きによって、譲渡の対象となる特許権等の有効性が争われることがあります。そのような場合には、その特許権等にかかる発明に関する技術を知悉している発明者や元出願人の協力が必要となってきます。
よって、譲渡の対象となる特許権等の有効性が争われた場合に備え、譲渡人の協力義務を定める場合があります。
本特許権等の有効性が争われた場合、本譲渡人は、本譲受人の要請により、必要かつ合理的な範囲で協力する。
3.7 不争義務
特許権等を譲渡した後に、その特許権等の事情を知悉している譲渡人にその有効性を争われないよう、不争義務を設けることがあります。
本譲渡人が、本特許権等の有効性を直接又は間接的に争った場合、本譲受人は直ちに本契約を解除することができる。
3.8 一般条項
他の契約同様に、一般条項として秘密保持、解除条項、反社条項、合意管轄(知財部のある東京地裁か大阪地裁にすると便利です)の規定などを設けます。
4.ひな形例
上記をまとめた特許権等譲渡契約書のひな形は次のリンクよりダウンロード可能です。ご覧いただいた上でお役に立ちそうでしたら、ご自由にお使い下さい。なお、このひな形についてはいかなる保証もできません。このひな形を使用したことにより損害等が生じても、一切の責任を負えませんので、ご了承のうえ、自己責任でお使い下さい。
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